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前田敦子×三島有紀子

撮影/Jan Buus

 自身の幼少期の体験を基に、北海道・洞爺湖中島、八丈島、大阪・堂島で生きる人々の罪と赦しを描く三島有紀子監督の最新作『一月の声に歓びを刻め』が、2月9日に公開される。6歳の時に受けた性暴力によってトラウマを抱える女性・れいこを演じるのは、多彩な才能と努力で己の道を切り開いてきた前田敦子。いま、三島監督の故郷でもある堂島で行なわれた撮影をこう振り返る。
前田 実際に三島監督が暮らしていた場所を一緒に歩きながら、頭の中を整理し、れいこという人物を自分の中に落とし込んでいきました。とても淡々としながらですけど、無駄なくピタッとハマっていく時間だったので、迷うことはなかったです。三島監督と役について言葉を交わすこともほとんどなくて、でも心に大事な言葉をぽつりと投げて、寄り添ってくださいました。
三島 前田さんの中から生まれてくる感情に寄り添うことが自分の仕事だと思っていたので、あまり私から「ああしてください、こうしてください」とは言いませんでした。前田さんは、演じて言葉を発するというよりも、感じていることをそのまま出そうとしてくださっていて。

前田敦子×三島有紀子

前田 まるで三島監督と一緒に呼吸をしているような、何も言わなくても、その場にいるだけで、すべてが伝わってきたんです。
三島 私や前田さんだけじゃなく、その場にいたスタッフ全員が一つになって、れいこの感情を切り取ることに集中していました。私はスタートをかけたらもう何もできないので、カメラマンが表情を捉えてくれるだろう、録音部も息づかいを拾ってくれるだろうと信じるだけでした。
前田 一丸となった撮影でしたよね。三島監督は演者だけではなく、スタッフの皆さんにも気を配っていて、周りまでしっかり見ている姿がとても印象に残っています。その場に役者が馴染むまで妥協しないでいてくださるので、良い緊張感がずっと持てて、集中力が切れることがありませんでした。本当に愛にあふれた監督だと思います。
三島 ありがとうございます。前田さんとはお会いした時から、同じ志を持って作品に取り組んでくださる方だろうという確信がありました。それに、心に大きな傷を持った女性を描く時、傷を抱えながらもたくましく生きようとしている人として描きたかったので、実際たくましい人に演じてもらいたかったというのがあります。 前田さんは、戦後を生き抜いてきた人と話したときのようなたくましさを感じますし、ご自身も思考を重ねていらっしゃるところも魅力です。そして、人は皆、生命存在として美しいと思いますが、前田さんは映像にそれが力強く映る方で、どこかシャーマンみたいなところも素敵だと感じていました。
前田 私自身があまりパーソナルなところに深く入っていく役というのをやったことがなかったので、大きな挑戦でした。でも、やって良かったと思っています。この前、試写会で観させていただいたんですけど、最初の洞爺湖からもうグッと心をつかまれて、最後まで目が離せませんでした。映画の世界に感情が溶け込んでいて、押しつけてこない心地よさがありました。それは三島監督のマジックなのかなって。
三島 いやいや、皆さんのマジックですよ。

前田敦子

前田 性暴力を扱っているんですけど、重くのしかかってくるわけではなくて、苦しいことを乗り越えた先の希望が描かれている。生きていれば、みんな大なり小なり傷を抱えているはずで、自分のこととして感じることのできる映画になっていると思います。
三島 さまざまなケースがありますよね。今回の映画では、自分が体験した事件をモチーフに描いて、罪の意識や魂の傷や赦しといったことを見つめたいと思いました。人生はその後も続いていくんです。ただ、生命存在としての美しさは誰にも汚すことはできないということ、そして「生きて」といったメッセージが届けばいいなと願っています。

『一月の声に歓びを刻め』
2024年2月9日(金)よりテアトル新宿ほか全国公開
八丈島の雄大な海と大地、大阪・堂島のエネルギッシュな街と人々、北海道・洞爺湖の幻想的な雪の世界を背景に、3つの罪と方舟をテーマに、人間たちの“生”を圧倒的な映像美で描く。出演:前田敦子、カルーセル麻紀、哀川翔ほか。脚本・監督:三島有紀子。
(配給:東京テアトル)
https://ichikoe.com/
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前田敦子 まえだあつこ 女優。1991年生まれ、千葉県出身。AKB48の第1 期生として2012年まで活動。卒業以降はドラマや映画、舞台に多数出演。近年の映画出演作に『コンビニエンス・ストーリー』『もっと超越した所へ。』『そして僕は途方に暮れる』『あつい胸さわぎ』、ドラマは『ウツボラ』『育休刑事』『かしましめし』『彼女たちの犯罪』『厨房のありす』などに出演。主演映画『一月の声に歓びを刻め』では、元恋人の葬儀に駆けつけるため、故郷の堂島を訪れたれいこを演じる。

三島有紀子 みしまゆきこ 映画監督。大阪市出身。2017年の『幼な子われらに生まれ』で、第41回モントリオール世界映画祭審査員特別賞、第42回報知映画賞監督賞、第41回山路ふみ子賞作品賞など多数受賞。その他の主な監督作品に『しあわせのパン』『繕い裁つ人』『少女』『Red』、短編『よろこびのうた Ode to Joy』『IMPERIAL大阪堂島出入橋』、セミドキュメンタリー『東京組曲2020』など。最新監督作『一月の声に歓びを刻め』が2月9日に公開。

撮影/Jan Buus

ヘアメイク(前田)/高橋里帆(HappyStar)、スタイリング(前田)/有本祐輔(7回の裏)、ヘアメイク(三島)/市橋由莉香 衣装協力(前田)/ボトムス¥46,200(AKANE UTSUNOMIYA)、シューズ¥56,100(KATIM)、イヤーカフ¥25,300(PLUIE)、トップス(スタイリスト私物)