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斎藤 工

斎藤 工

撮影/Jan Buus

斎藤 工

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 役者としての自分と、普段の自分。どちらも本当の自分だが、ふとギャップを感じることもある。

「僕のコアにあるものって、決してきれいなものではなくて、むしろネガティブなものだったり、卑しいものだったりするんです。衣装を着てメイクをして、ショーアップされたきらびやかな場所にいるときと、“おつかれさま”とあいさつして1人で家に帰るときって、つながってはいるんですけど、両方の自分が乖離していく感覚を覚えることもあって。そういった、違和感みたいなものとはずっと付き合ってきましたし、これからも付き合っていかなきゃいけないと思っています」

 映画『零落』で演じた同世代の漫画家・深澤薫は、自身を取り巻く状況に失望しながら、自堕落で空虚な日々を過ごしている。

「経験を積んで、だいたいの概要をつかみ、やり方がわかってきたからこそ、気持ちと現実がズレていくこともあると思うんです。深澤は漫画家として零落していくことが自然なことだと理解していても、受け入れがたい。“本当はこうじゃないのに”という思いは、僕も深澤もそうですし、きっと多くの人が抱えていて、そういった隠蔽したいドロドロとした感情や、人に一番見せたくないものを突きつけるような作品です」

斎藤 工

 経験を積むことは良いことばかりではないという。

「僕はそこに疑問を持っています。キャリアを重ねることは一般的に“良いこと”とされていますけど、何年もすると毎日がベルトコンベアのように流れていってしまい、気力が萎えそうになる瞬間って、個人差はあれど誰にも訪れる気がしていて。社会に出たり、転職を考えたりするタイミングでよぎると思うんです。“今のままでいいのか”と。もちろん、過ぎ去る毎日の中で、結論を出したり、自分を納得させたりできるのは、経験を積んだからだとも言えますが」

 41歳になった今、考えるのは自身のキャリアのこと。

「働きたいと思っても募集が35歳までとか、年齢的にもう難しい仕事も多い。この職業を選んで、ここまで来てしまった手前、後には引けないというのも正直な気持ちです。もしかしたら、深澤も漫画家を辞めて別の仕事に就くことに対して、そんなにネガティブな感情はないのかもしれない。でも、年齢がそれを許さない。若い頃は積み上げたものがなくても、がむしゃらに突っ走れましたし、未来への選択肢はいくらでもあった。 それがいつの間にか選べる手札がどんどん減っていくんですね。そうなると、“もうこれしかない”と自分に言い聞かせながら、キャリアを重ねていくしかない。深澤には、そういう“諦め”みたいなものも感じます」

 今後も走り続けるためには何が大切なのか。同業者から教えられたこともある。

「現実って、思いもよらないことが起きるんです。これまでの自分の経験から想像してみたり、推測してみたりするけど、またそことは違う場所にたどり着くことも多い。ある俳優さんと撮影でご一緒して、テストのときに急に頬を叩かれたんです。芝居の流れがあってのものなんですけど、台本にもなかったし、突然のことだから瞬間的に体が反応して、何か考える前にカーッとなってしまったんですね。でも、頭じゃなくて体が反応することって役者の根源でもあって、その俳優さんはそこまで分かってやってくれていたんです。そこに大きな愛情とメッセージを感じて、とてもうれしかった。まず体があって、次に心がついてくるという文法だからこそ、見えてくるものもあると思うんです」

斎藤 工

 まずは行動してみる。最近は自分で決めたこの指針に従うようにしているのだとか。

「実は2日間、京都の山へ狩猟に行っていて、今朝の新幹線で帰ってきたんです。ある猟師の団体について行ったんですけど、今回は鹿と猪を狩る瞬間に立ち会えました。山の中を歩き回ったかと思えば、猪なんかはすごく音に敏感だから、3時間くらいじっと待つこともある。そこには僕の想像や浅い知識なんて吹っ飛ぶような現実がありました。それは四の五の言わずに行動したから経験できたことだと思うんです。とてもワクワクしましたし、身体的な感覚を見つめ直すこともできた。フィジカルとマインドってどうしても分けて考えがちですけど、むしろそこは強く結びついているんだということを痛感しました」

『零落』
2023年3月17日(金)よりテアトル新宿ほか全国ロードショー
8年間の連載が終了した漫画家・深澤薫(斎藤工)は、自堕落で鬱屈した空虚な毎日を過ごしていた。漫画編集者の妻・町田のぞみ(MEGUMI)ともすれ違い、世知辛い世間の煩わしさから逃げるように漂流する深澤は、ある日“猫のような目をした”風俗嬢・ちふゆ(趣里)と出会う。
(製作幹事・配給:日活/ハピネットファントム・スタジオ)
https://happinet-phantom.com/reiraku/
(C)2023浅野いにお・小学館/「零落」製作委員会

斎藤 工 さいとうたくみ 俳優、映画監督。1981年生まれ、東京都出身。近年の主な出演映画に『孤狼の血 LEVEL2』『シン・ウルトラマン』『グッバイ・クルエル・ワールド』『イチケイのカラス』『THE LEGEND & BUTTERFLY』など。2023年3月17日には、原作・浅野いにお、監督・竹中直人による主演映画『零落』が公開。また、2023年は監督長編最新作『スイート・マイホーム』の公開も控える。

撮影/Jan Buus

ヘアメイク/赤塚修二 スタイリング/三田真一(KiKi inc.)
衣装協力/ジャケット64,900円、シャツ40,700円、パンツ42,900円(すべてスズキ タカユキ/問い合わせ:03-6821-6701)