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渋川清彦

渋川清彦

撮影/Jan Buus
取材・文/中村千晶

渋川清彦

渋川清彦

 どうしようもないけれど憎みきれない。悲惨だけれど、悲哀がある。“酔うと化け物になる”サラリーマンの父・トシフミを、絶妙なバランスで演じた渋川清彦さん。

「大変な話ですけれど、難しい役だとかは考えなかったですね。片桐健滋監督とは『ルームロンダリング』(’18年)に次いで2回目だし、助監督のときから知っているから、信用していますし」

 実際にお酒を飲みながら、演じるチャレンジもした。

「監督も『いいんじゃない?』って言ってくれたんで、飲んでいても大丈夫なシーンが続くときに試してみました。でも、やりやすくはなかったですよ(笑)。ほかの役者は飲んでないし、逆に『ちゃんとやらなきゃ』って気が働いて、酔えないんです」

渋川清彦

「いろいろをいっとき忘れるために、飲んじゃうんだよねえ……」とつぶやくトシフミに、グッと共感してしまう人は少なくないだろう。

「沖縄の映画祭で上映したとき、おばあちゃんが泣きながら『うちのお父ちゃんを思い出した』って言ってくれたんです。すごくうれしかったですね。観た人に『うちも同じだった』っていう人が多いことに驚きました。少し前までは付き合いの酒って世のお父さんはみんなやっていましたからね。そうやって酒に飲まれてしまう。トシフミもそのうちの一人、なんじゃないんでしょうかねえ」

 ダメな男、ということで断罪するだけではない、気づきがある。

「原作者自身がかなりつらい体験をしていて、それをマンガでさらけ出して、前に進もうとしている。観る人に『こういうこともあるんだよ』という部分を、受け取ってほしいですね」

 高校卒業後にプロのミュージシャンを目指して上京。著名カメラマンのナン・ゴールディンとの出会いから、モデルとして、俳優として活躍を続けてきた。決してすべてが順風満帆だったわけではないが、自分をダメだと思ったこともない。

「30歳すぎても自分の家がなくて、友達の家に転がり込んだりしてたんですけど、それがダメだとは思わなかったですね。俳優として自分の力が足りなくて悔しい、ということはいまもあるけれどね。恥をかいたこともいっぱいありますよ。緊張して口が回らなかったり、セリフを間違えたり、頭が真っ白になってしまったり」

 それでも、真摯に演じることがすべてだ。

「俳優は脚本に書いてあることを、いかに監督のイメージに近づけるか、っていう作業ですから」

渋川清彦

 いま、応援していることがある。

「映画監督の豊田利晃監督ですね。豊田さんは2018年に拳銃不法所持で逮捕されて9日間で釈放されたんですが、マスコミは逮捕報道だけで豊田さんを悪者にして、その拳銃がなんだったのか、本当は何があったのかを伝えようとしない。その状況への思いを映画で返そうと一緒に短編映画『狼煙が呼ぶ』を作って、各地で上映しているんです」

 真偽を知ろうとせずに叩く。世間の異常な正義に胸がざわつく。

「みんなマスコミやネットの情報を鵜呑みにしすぎている。騙されないように、ちゃんと見極めないとね」

 あ、もうひとつある、と優しい表情になった。

「息子も応援してます。4歳になるんですけど、いま3DCGアニメーションの映画『ルパン三世THE FIRST』に夢中なんですよ」

『酔うと化け物になる父がつらい』
3月6日(金)新宿武蔵野館ほか全国ロードショー
漫画家・菊池真理子の同名コミックエッセイを、新鋭の片桐健滋監督が映画化。田所サキ(松本穂香)の記憶にあるのは酔った父の姿ばかり。父・トシフミ(渋川清彦)が酔って“化け物”になって帰って来る日には、カレンダーに赤いマジックで×印をつけるのがサキの習慣だった。
(配給:ファントム・フィルム)
https://youbake.official-movie.com/
(C)菊池真理子/秋田書店(C)2019 映画「酔うと化け物になる父がつらい」製作委員会

渋川清彦 しぶかわきよひこ 1974年生まれ、群馬県渋川市出身。モデルでの活動を経て、豊田利晃監督作品の『ポルノスター』で映画デビュー。近年の出演作は『モーターズ』『アレノ』『蜜のあわれ』『下衆の愛』『榎田貿易堂』『柴公園』『閉鎖病棟 -それぞれの朝-』など。3月6日公開の映画『酔うと化け物になる父がつらい』では父・トシフミを演じている。

撮影/Jan Buus
取材・文/中村千晶