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バブルも経験をせず、終身雇用という概念も崩れ、社会の恩恵を肌感覚で感じにくい40代前半より若い世代。まさに「右肩下がり世代」といっても過言ではない彼らは、厳しい現状の中でも新しい生き方を模索しています。「知の巨人」であり、グローバルな視点で国内外の問題を語る佐藤優がメンターとして、右肩下がり世代で活躍する人々と話し新しい時代の価値観を浮き彫りにしていきます。

佐藤 中島さんと初めてお会いしたのは、10年ほど前になります。ご無沙汰していましたが、著作はずっと拝読しています。特に『秋葉原事件―加藤智大の軌跡』を僕は非常に興味深く読みました。そもそものテーマが強く負のエネルギーをはらんだものであり、さらに加藤に共感する人たちからの反発や、模倣犯を刺激するリスクもある。それらを受け止めながら事実を追求していくのは、非常に大変な仕事ですから。
中島 事件当時、加藤が非正規雇用であることや、生育歴、母親の教育方針などが大きく取り上げられ、加藤の信奉者を称する人々も現れました。ところが裁判が始まると、本人はメディアの論調を否定し「なりすましにネット掲示板を荒らされたこと」が動機だと供述した。そこで世間の議論はすっと引いたのですが、僕は逆に「なりすまし」によって崩壊してしまった彼の世界こそ、知る必要性を感じたんです。それが現代社会の問題を見つめることにもなると。
佐藤 満たされない一人の青年が、世の中に恨みつらみを抱いて起こしたというような単純な構図ではありません。社会全体の構造と、彼の思想性の問題なんです。本の中で中島さんは、自分も加藤になっていた可能性はあると書かれています。その感覚はよくわかるんです。時代のめぐり合わせと環境が違えば、僕だって加藤智大だったかもしれない。

中島 今もあらゆるところに類似の芽があるはずで、昨年7月に起きた相模原市の障害者施設での殺傷事件も、その現れの一つですよね。
佐藤 相模原事件の被疑者の供述にはよりストレートに優生思想が現れていますね。それに加え新自由主義の思想も。彼の発言は経済合理性から判断した場合、説明可能になる。加藤智大の思想も、もし普遍化することができる語り部が周りにいたら、拡散して非常に危険な力を持ったかもしれない。
中島 僕の研究の先駆者である橋川文三は、テロリストたちをリベラルな観点で切るのではなく、芸術家・文学者と同じレベルで分析し内在的に読み解くことをしています。そこには現在に非常に近い問題があると思うんです。乱暴な言い方かもしれませんが、特にアタマのいい若者が入っていきやすい傾向も感じます。
佐藤 危険ですね。思想的な耐性をつけておかないと誰だってテロリストになりかねない。米国の大統領選挙でもトランプが当選するのだから。既存の権力への対抗運動でもどんな人が登場してくるかわからない。
中島 伏線的に出てきている問題を考えるうえで、参考になるのが1930年代です。戦前の国体論、つまり「八紘一宇によってすべての問題が解決する」というような右派思想家たちの考えに、青年将校たちは吸引されていきました。

中島 こういう時こそ「リベラル保守」の政党がオルタナティブな提案をして、右側のハンドリングをする必要があるのですが……。
佐藤 右側の脱構築は、右側からしかできないですからね。中島さんは常々「リベラル保守」の立場を表明されています。私が初めて「リベラル保守」という言葉に触れたのは1988年のモスクワでした。「なにそれ、リベラルと保守が合致するの?」って聞いたら「するに決まってる。根っこは保守、アプローチがリベラルなんだ」と。
中島 ソ連で、というのは面白いですね。僕の最初の印象は、戦後日本の保守派です。竹山道雄とか、田中美知太郎とか、猪木正道とか、林健太郎とか。
佐藤 竹中道雄は大ヒット映画にもなった『ビルマの竪琴』の原作者でもありますね。
中島 彼らにとってはむしろ「リベラルこそが保守である」とは当然の考えでした。共産主義やファシズムは自由を抑圧するものであり「自分たちは自由を保守するのだ」と。

中島 僕が大変影響を受けた西部邁さんも、保守の立場を表明していますが、90年代初頭に『リベラルマインド』という本を書いています。保守にとってリベラルなマインドは切り離せないものだった。それがどうも今、おかしくなってきていて。
佐藤 本の中でご指摘されていますが、今の日本の保守は、フランス革命の時の左翼(革新派・急進派)の発想に近い。
中島 はい。フランス革命の頃に、左派近代主義者は「人間の理性によって、設計的に世の中を良くしていける」という設計主義的な発想で物事を進めました。対して「人間の不完全性を依拠したうえで秩序を保っていくにはどうしたらいいか」と考え革命に水をさしたのが、保守主義の父と称されるエドマンド・バークです。

佐藤優 さとうまさる 作家 1960年生まれ 東京都出身。元外務省・主任分析官として情報活動に従事したインテリジェンスの第一人者。"知の怪物"と称されるほどの圧倒的な知識と、そこからうかがえる知性に共感する人が多数。近著に「僕らが毎日やっている最強の読み方」(池上彰氏との共著)など。

佐藤 寛容の精神というのは、複数の真理を認めることですね。少なくとも人間側から見る限りにおいて。ただし、それがなかなかうまくいかない。身近な問題として、どうしたら本来の意味でのリベラルな視点を持てるようになるとお考えですか。
中島 昨年から東工大で取り組んでいるのは、最近流行りのアクティブラニーングを取り入れたグループディスカッションの場を多く設けるようにしています。アジアからの留学生も多いので、自分とは違う立場・意見を持つ人に対して考えを伝えていく訓練であったり、逆に聞く訓練であったり。自分の主張だけでなく、「他者がいる」ことをまず、意識させようと。
佐藤 中島さんは約10年のあいだ北海道大学で教えていらしたけれど、東工大はだいぶ雰囲気が違うのではありませんか。
中島 わりとネトウヨ率が高いです(笑)。例えば東アジアの歴史認識についてのレポートだと、かなり偏った情報だけで書いているものもある。でもまず話を聞いて「でも、こういう意見もあるよ」と段階的に話していくと、建設的に受け入れてくれる。
佐藤 受容力が大事なんですね。まず受け入れて、褒める。

中島 バークは神、キリスト教という、人間の不完全性を常に参照する超越的な軸を持っていました。イギリスのような保守が日本で成立しにくいのは、宗教について問うてこなかった問題も大きいでしょうね。
佐藤 日本の場合、明治以降の国家神道はむしろ設計主義的ですからね。「宗教ではなく臣民の慣習である」という形で、実質的な国教を構築した。中島さんがご専門にされているように、政治思想史を考えるうえで、宗教は避けて通れません。
中島 そもそもリベラルの概念が生まれたのは、宗教対立が発端となった三十年戦争だと言われています。最終的に、互いの宗教を認め、喧嘩をせずにやっていこう、という意味で、寛容の精神としてリベラルが誕生したんですよね。その後、啓蒙主義的な流れの中でだんだんと意味合いが変わっていきますが、僕の考えるリベラルは、三十年戦争終結の頃の感覚が一番近いです。

中島岳志 なかじまたけし 政治学者 1975年生まれ 大阪府出身。インド政治や近代日本思想史を専門に研究。2005年に「中村屋のボース」で大佛次郎論壇賞を受賞。北海道大学公共政策大学院准教授を経て、2016年には東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授に就任。

中島 あとは、論理が通っているかどうかが重要なので、むしろ外交の話はしやすいです。ただ、どうしても視野が狭くなりがちで。ネットの情報だけでなく、本を読みなさい、と言ってはいるんですけど。
佐藤 僕は今、同志社大学神学部で3コマ連続の特別講義を持っているんですけど、時々みんなで映画を見るんですよ。例えば「悪」をテーマにするときは『人のセックスを笑うな』、「自己愛」や「他者性」の問題を扱う時は『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』とかね。映画を使うと理解が早い。強烈な個性を持ったいろいろな登場人物が出て来るから、それぞれが違う価値観を持っていることもわかります。
中島 なるほど。『「リベラル保守」宣言』を書いた時も、たくさん人名を入れるように心がけました。イデオロギーのロジックをただ伝えるより「誰々がこう言っている」と説明したほうが興味を持つ。興味のある人の言葉だから届く、という側面は大きいです。
佐藤 まず他者に関心を持つことが第一歩。そして異なる意見を尊重する。簡単ではないけれど、それこそが寛容な社会のベースになっていくんですよね。

構成/藤崎美穂 撮影/伊東隆輔 撮影協力/PROPS NOW TOKYO
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「秩序なき時代の知性」
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