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バブルも経験をせず、終身雇用という概念も崩れ、社会の恩恵を肌感覚で感じにくい30代中盤より若い世代。まさに「右肩下がり世代」といっても過言ではない彼らは、厳しい現状の中でも新しい生き方を模索しています。「知の巨人」であり、グローバルな視点で国内外の問題を語る佐藤優がメンターとして、右肩下がり世代で活躍する人々と話し新しい時代の価値観を浮き彫りにしていきます。

佐藤 西田さんが共著で出された『無業社会』は、斬新なコラボレーションですね。若年無職者(15~39歳の学校に通わず仕事もしていない独身者)の就労支援するNPO法人「育て上げネット」の活動を、西田さんが理論化されています。それが、さらに現場にフィードバックされ、良い循環ができている。活動家の人たちは現場でやることが多すぎて、理論化までいけないことも多いですから。
西田 現場の声をアカデミズムと繋げることは強く意識しています。一方、学者が貧困や格差を論じると、どうしても政治や制度の批判に終始しがちです。それはそれで良いのですが現場ではあまり役に立たない。
佐藤 目の前に「保険証がないから病院にいけない」と言って苦しんでいる人がいるとき、「医療制度が悪い」と批判しても意味がないですからね。まずは病院につれていくなり、行動にうつさないと。
西田 そうなんです。そうやって目の前で起きている問題に対応しながら、政治家なり自治体なりにアクセスしてコミュニケーションしていくことが重要で。そのためには批判して互いに反目するのではなく、協力してもらえるよう働きかけていくほうが近道だというのが、持論です。
佐藤 かつてソ連崩壊を経験し反ソ運動を活発に行っていた人たちは、いま体制側に近い側になっていて、うまい具合に異議申立て運動を展開

しています。権力とぶつからないようにうまくやっているのは、まさに経験からの知恵でしょう。
西田 日本ではそういったバージョンアップのないまま、研究者も活動家も学生運動的なものを引きずっていてコミュニケーションに失敗していると思います。
佐藤「育て上げネット」が支援してきたなかで、実際に就労できている人は、どのくらいいるんですか。
西田 就労だけに限らず、状態の改善などもあり一概には言えませんが、企業との協力した事業では13名の参加者中11名が就職したケースもあるようです。
佐藤 地域の協力を仰ぎながら「小さな成功例を増やしていく」という考え方にも好感を持ちました。
西田 大企業は長いこと新卒採用を抑えてきましたけれど、中小企業は慢性的に人手不足なんです。だから問題が起きても密なコミュニケーションと信頼関係を築けば、大企業よりも丁寧に「人」を見てくれる覚悟があります。「育て上げネット」の工藤さんはそこを細やかに、地域の商店や中小企業を実際にまわりながら、レギュレーションをつくっていらっしゃいます。ただそういったグッドプラクティスは制度としてなかなか担保されていない。ここ5年くらいでだいぶ補助がつくようにはなってきていますが…。こういうグッドプラクティスをいかに広めていくか、あるいはその財源をどうするのかというところが今後の課題です。

佐藤『無業社会』を読んでソ連を思い出しました。意外と知られていないのですが、ソ連では社会主義の理想がひとつだけ成功していました。労働時間の短縮です。みんな形式上はどこかの商店勤務と登録するけれど、実際は1日3時間程度働いてあとは何もしない。
西田 一見めちゃくちゃですが、それでも社会はまわっていた点がとても興味深いです。
佐藤 そうなんです。衣食住にも困らない。フランスパンなんて10円くらいでした。ところがソ連崩壊して新自由主義政策を導入してしまい、1992年のインフレ率は2500%超えになる。貯金も資産も意味がなくなり、さらに2003年になると企業もバタバタ倒産しだして、いよいよ大変になっていくわけですけれども。でも、1992年以降も2003年以降も、ロシアではみんな飢えずに乗り越えたんですよ。
西田 相互扶助ですか?
佐藤 相互補助に加え一方的な贈与もあります。成功した企業や個人がばら撒くのです。

西田 それは名誉のためなのでしょうか。
佐藤 それもあるかもしれないけれど、ロシア正教の教えが強く影響していると思います。ソ連時代、金儲けは悪だという価値観を徹底して叩きこまれていますからね。教会への献金も、贖罪のためなんですよ。ちなみにロシアの教会は、人を殺したマフィアが、地獄行きを避けるためにどんどん寄進したから大きくなったんです。
西田 宗教的な背景なのですね。日本も相互扶助の精神が普及すれば違うのでしょうが、むしろそういったものは解体しているように見えます。自由な働き方がしやすい環境でもなく、起業やフリーランスのように流動的な働き方をできるのは、特別なスキルを持ったある種の強い人たちです。多くの人にとっては一度正規雇用から外

佐藤優 さとうまさる 作家。元外務省・主任分析官として情報活動に従事したインテリジェンスの第一人者。“知の怪物”と称されるほどの圧倒的な知識とそこから伺える知性に共感する人が多数。近著に「世界史の極意」「新・戦争論 僕らのインテリジェンスの磨き方」「修羅場の極意」など。

西田 そうなんです。だから、住宅関係に最後のセーフティネットがあるのではといわれています。ただ日本は空き家が増加しているにもかかわらず、積極的な政策は取られていないのが実情です。
佐藤 ヨーロッパのように勝手に住んで居住権を主張するという文化もないしね。
西田 はい。日本では、どちらかというと左派の学者やアーティストが称場しているのみです。ではどう介入していくのがいいかというと、やはり基本は生活保護が前提になるように思います。ただ受給するだけでは貧困を固定化させてしまいますから、中間就労のようなかたちで、短時間の仕事から、徐々に就労に向かうといった一定の資本形成と能力改善をセットにすべきではないでしょうか。
佐藤 そういった環境に、本人が納得できるかという問題もあるね。能力がないわけでもなく、学歴もむしろ高い人が多いのだから。
西田 おっしゃるとおりで、プライドや親の問題が絡んできます。わかりやすくいえば、まじめでセルフエスティームが低い傾向もあります。
佐藤 自己評価が低いのも、裏を返せば、評価を過剰に気にしているからなんです

れると、再就職が非常に厳しくなる。それでも昔は地縁、血縁というようなものの中に、正規雇用ルートから外れても社会が包摂していく回路があったのですが。
佐藤 省庁の周辺でも、学生運動の際にパクられた前科持ちなんていうのがたくさんいますよ。省庁には入れないけど、独立行政法人あたりにコネで入っている。まあ、人材としての能力があるからですが。
西田 開業率よりも廃業率が上回った80年代以降から、急速にそういった「別ルート」がやせ細っていったように見えます。
佐藤 だから、一度外れると戻れない。就労できずにいる人は、親がサポートしているんですか? それとも兄弟とか?
西田 両親か、祖父母になるようです。
佐藤 そうなるとより厳しいですね。安倍政権は相続税を強化しようとしているから、都心に家を持っていたら、召し上げられちゃう。

西田亮介 にしだりょうすけ 社会学者。立命館大学大学院先端総合学術研究科特別招聘准教授。博士(政策・メディア)。情報社会論と公共政策を専門とする。現在、生活保護制度のイノベーションについても思いを及ばせている。研究と同じくサーフィンもこよなく愛する。著書に「ネット選挙」(東洋経済新聞社)「無業社会」(朝日新聞出版)ほか。

よね。もっとも、この問題は誰の身にでも起こりうるもので、他人事では決してない。
西田 無業になる理由として一番の原因は病気や怪我です。誰の身にも起こりえることだからこそ、自己責任論では片付けられない。とはいえ、最終的には自分で考えるほかないと思います。僕たちが直面している状況は、親も先輩も経験していません。働き方も生き方も、自分以外に評価や意見を委ねず、常に自分で考えてリスクを見極めていくしかないのではないかと。気をつけないと、弱者支援を装った詐欺まがいのNPO団体も現れていますから。
佐藤 逆の視点から考えると、若年無業の人たちを上手に労働のプロセスに入れていくスキルが、この先もっと切実に求められていくのかもしれない。私自身がソ連で見た経験からして、1日3時間労働で土日休んでも、社会はまわります。自分や他人にあまり厳しい基準を要求せず、従来の正規雇用の形にとらわれない新しい雇用の形を許容する、あるいは模索していくことがこれからは重要な要素になってくるでしょうね。

撮影/伊東隆輔 構成/藤崎美穂
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