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オダギリジョー

オダギリジョー

撮影/Jan Buus
取材・文/中村千晶

オダギリジョー

オダギリジョー

 オダギリジョーは特異な俳優だ。日本人離れした佇まいで、とんがったギャングから、情けない“だめんず”まで、ひょうひょうと演じ分ける。新作『エルネスト』(阪本順治監督)で演じるのは、1960年代に実在した日系ボリビア人、フレディ前村ウルタード。チェ・ゲバラと出会い、医学生の道を捨て、祖国の革命に身を投じた青年だ。約半年間でスペイン語をマスターし、体重を12キロ絞って演じきった。
「あの時代、あの革命に身を捧げた人間の一人が、日本人の血を持っていたということを初めて知って、誇らしいような気持ちになりました。フレディは何ごとにも誠実に向き合いたかった人だと思います。物事をあやふやにしておけず、長いものに巻かれない。信念のために命をかけてまで何かを貫く。でも写真には写りたがらないし、パーティーにも行きたがらなかった。そんな彼の“日本人らしさ”が僕は好きなんです」

オダギリジョー

 オダギリ自身、もともとゲバラやキューバ革命の時代に興味があり、20代のころにキューバを訪れている。
「もし自分が1960年代の日本に生きていたら、きっと学生運動などに参加していただろうと思います。僕はいまの資本主義的な世界のあり方に疑問を持っている。キューバの若者がアメリカに憧れて向こうで暮らし始めると、必ずお金の問題にぶつかるといいます。食べるもの、住むところ…全てにお金がかかり、初めて人生に不安を感じるそうです。キューバは貧しい国ですが、人生をお金だけにしていない。日本では幼稚園児でもスマホをいじっているけれど、キューバの子は裸で豚に乗って駆け回っている。それを見ると『何が本当の幸せなんだろう?』と。ただ、いまの日本の若い世代は政治にちゃんと目が向いていますよね。彼らにゲバラたちの考えは、理解できないものではないと思うんです」
 映画は日本とキューバの合作。撮影もキューバで行われた。
「キューバではとにかく物がない。『黄色のペンキはあるけど、赤と青は手に入らない』とか。でも現地のスタッフは一流の職人で『こういう照明の機材がほしい』と言うと、ちゃんと作ってくれるんです。物がなくてもアイデアとがんばりで埋めていく。素晴らしいなと思いました」
 1ヵ月半に及んだ撮影では、苦しいことも多かった。
「暑くて汗が止まらず、1日にペットボトル10本の水を飲んでも、一度もトイレに行かないほど、全部汗で出てしまうんです。撮影の後半には現地の食事が合わず、何も食べられなくなってしまった。日本から来る関係者が持参する日本食は取り合いになっていました。あとは撮影後にお酒を飲むのも楽しみでした。みんなでモヒートを飲み過ぎて、ホテルからミントの葉っぱが全部なくなったこともありました(笑)」

オダギリジョー

 彼は高校卒業後、映画を学ぶためにアメリカに渡った経験がある。「外の世界へ」出るために、必要なものはなんだろう。
「『目的』や『目標』ではないでしょうか。外に出るということは『何かに向かう』こと。結果、いまあるものを捨てることになっても、自分が目指す何かが外にあると思えば出ざるを得ない。当時の僕は日本を出て海外に身を置かないと、何も転がっていかない気がしたんです」
 実は挫折や壁にぶつかることも多いと告白する。
「僕は俳優を天職だと思っていない。毎回『やめたほうがいいのかな』と思ってやっています。でも乗り越えるべきものがあるのは、どんな事でも同じだし、途中であきらめてしまうのはなんだかもったいない気がして。そこを乗り超えるからこそ何かがある、と思って続けています」
 次なる「外へ」。これからもオダギリジョーは進んでいく。

『エルネスト』
10月6日(金)全国公開
キューバ革命の英雄、エルネスト・チェ・ゲバラと共に行動し、祖国ボリビアでの抵抗運動に身を投じた日系二世、フレディ前村ウルタード。ゲバラからファーストネーム「エルネスト」を授けられた彼の生涯を阪本順治監督がオダギリジョーを主演に据え、色鮮やかに描き出す。医師を志したフレディは、キューバの国立ハバナ大学へ留学。そして、キューバ危機のさなかに出会ったゲバラの意志に共感し、部隊に参加。やがて、ボリビアの軍事政権に立ち向かっていく。
(配給:キノフィルムズ/木下グループ)
http://www.ernesto.jp/
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オダギリジョー 1976年2月16日生まれ、岡山県出身。2003年、第56回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品された黒沢清監督の『アカルイミライ』で映画初主演を果たす。続く北村龍平監督の『あずみ』で、日本アカデミー賞最優秀新人俳優賞、エランドール賞新人賞を受賞するや、その後も『血と骨』で第28回日本アカデミー賞、ブルーリボン賞の最優秀助演男優賞、『ゆれる』『東京タワー~オカンとボクと、時々、オトン~』で日本アカデミー賞優秀主演男優賞、『舟を編む』で同賞優秀助演男優賞を受賞。海外作品に『悲夢』、『PLASTIC CITY プラスティック・シティ』、『マイウェイ 12,000キロの真実』、『ミスターGO!』など。TVドラマではTBS『おかしの家』、『重版出来!』。近年の出演作は『オーバー・フェンス』、『湯を沸かすほどの熱い愛』、『続・深夜食堂』など。待機作に『南瓜とマヨネーズ』(2017年11月公開)がある。

撮影/Jan Buus 取材・文/中村千晶