人に、ゆだねる。
三池崇史
 これまで手掛けた映像作品は130本以上。名実ともに日本を代表する監督の一人として、世界でも高く評価されているが、映画づくりのスタンスは拍子抜けするほどフラットで自然体だ。
「仕事はできるだけ自分で選ばないようにしているんです。やったことのない分野でも、予算が少なくても、スケジュールが空いていれば基本的にはやる。なんだこの安い予算は!と驚きながらね(笑)。でも実際に作ってみると、普通じゃできない物が作れたりするんです。結局、はじまってみないと、どんな作品になるかなんて誰にもわからないんだから」
 今年の1月には監督作のテレビ時代劇『新・暴れん坊将軍』が放送され、映画『BLUE FIGHT ~蒼き若者たちのブレイキングダウン~』も公開。さらに、7月には総監督を務めるアニメ『ニャイト・オブ・ザ・リビングキャット』の放送・配信が予定されている。ジャンルを超えた活躍ぶりは2025年も健在だ。
「日本だとホラー映画の監督はホラーしか撮らないし、コメディの人はコメディしか撮らないでしょ。もちろんポリシーもあるだろうし、とやかく言うつもりは全然ないんだけど、僕の場合は、とにかく何でもやってみる。無責任かもしれないけど、自分が撮っておもしろいものになればいいし、失敗すれば次に声はかからないわけだから。自然と答えは出るんですよ」
 多くの人が携わる映画の現場では、個人の感覚にゆだねることも多いという。
「映画って、最初から完成形がカッチリと決まっているわけではないんです。当然、事前に台本を作って、カット割も決めるんだけど、それはあくまで撮影をスムーズに進めるためのもの。台本を読んでパッとイメージが湧いたとしても、キャストやスタッフの捉え方でどんどん変わっていくから。例えば、セリフ一つとっても、どう解釈して演じるかは、その役者の感性なんです。台本に書かれているのは、ただの活字でしかない。そういう他の人の発想がたくさん加わって、映画はできあがっていく。ライティングもカメラも同じで、具体的な部分はその人の感性次第。そういう意味で、映画監督は人にゆだねる仕事だとも言えるし、ゆだねられた人は、それをどう表現するかということでもある。でも、突き詰めすぎて、苦行みたいになっても辛いだけでしょ。ゆだねられた側が迷わないように、ちゃんとコントロールはしますし、“この作品に携わって良かった”と思ってもらうことも自分の仕事です」
 完成した作品を観る側にゆだねる怖さはないのだろうか。
「ないですね。自由に観てほしいし、むしろ“俺はこういうの嫌いだな”という人がいてくれないと困っちゃう(笑)。万人が好きになる作品なんてないし、お客さんだって一人ひとり感性も違う。少なくとも観てくれたということは、好き嫌いも含めて、関係性ができたということだと思うんです。会ったこともない人と、作品を通じてコミュニケーションできているということなので。それに、もう自分の手を離れているので、お客さんにすべてをゆだねるしかない(笑)」
 かつて、オリジナルビデオの『極道恐怖大劇場 牛頭』がカンヌ国際映画祭に正式出品されたときも、作品がひとり歩きしているような感覚だったという。
「まさかと思いました。作品が先頭を切ってカンヌに到着し、僕らはその後をついて行ったイメージです。地方の孤独な青年に向けて作ったような低予算のVシネマですけど、カンヌでお客さんが総立ちになりました。観る人にとっては予算もフォーマットも関係ないんだなと思ったのをよく覚えています」
 これまでの人生で、岐路に立ったときのことも聞いてみた。
「だいたいそういう選択をしなきゃいけないときは人にゆだねています(笑)。性格もあるんだろうけど、人に言われた舟に乗って、流れに身をまかせるほうが楽しいんですよ。寝そべりながら空も見ていられる(笑)。その舟がどこに行き着くかは定かじゃないけど、川を流れて、いずれは広い海に出るわけだから。むしろ流れに沿ってオールを精一杯漕ぐことで、3倍、4倍のスピードで海に出られるかもしれない。流れに逆らう人生もダメじゃないけど、逆らってしまったことで、本来は出会うべきはずだった人と出会えなかったりもすると思うんです。身をまかせて、その方向に思い切り流されるのもアリなんじゃないかな。それに、映画づくりもそうだけど、どんな場面でも他人の力って必要なんですよ。人の助けなしで生きている人なんて絶対にいない。自分一人で生きているつもりでも、知らず知らずのうちに必ず人にゆだねている。仕事でも人生でも、何でも自分で抱えてしまって苦しくなりがちな人は、一人ですべてをこなしているわけじゃないと意識するだけでも、けっこう違うんじゃないかな」
三池崇史 みいけたかし 映画監督。1960年生まれ、大阪府八尾市出身。多くのVシネマの監督を務める。1995年に『新宿黒社会』で劇場映画監督デビュー。主な監督作品に『十三人の刺客』『クローズZERO』『悪の教典』『無限の住人』『ラプラスの魔女』『初恋』『妖怪大戦争』『怪物の木こり』など。最新作は『BLUE FIGHT ~蒼き若者たちのブレイキングダウン~』。
ヘアメイク/金山貴成 スタイリング/前田勇弥
衣装協力/ジャケット¥71,500、パンツ¥63,800、シューズ¥60,500(すべてY-3)