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「生半可な映画ではない」と、主演を務める尾野真千子さんは言った。理不尽な目に遭いながらも、前向きに歩もうとする母子の姿を描いた石井裕也監督の最新作『茜色に焼かれる』が、5月21日に公開される。
「感情が伝わってくる台本でした。最初に流れている血のイメージを連想して、これはただ演じるだけでは駄目だと思ったんです。登場人物や監督ときちんと向き合わないといけない映画だなと感じました」
 本作で尾野さんが演じたのは、交通事故で夫を亡くし、一人で息子を育てる田中良子という女性だ。
「良子は普通の人です。ただがんばっている普通の人。強さを見せることもありますけど、それは全部良子の芝居なんですね。たぶん、本当は弱くて、倒れてしまいそうで、ぐちゃぐちゃになってしまいそうなんだけど、子どものため、将来のために一生懸命生きようとしているんです」
 映画では、コロナ禍の今が舞台になっている。外では皆がマスクをして、ソーシャルディスタンスを守る世界。貧困や息子へのいじめなど、逆風の中で生きる母子には、そんな社会の変化も足かせの一つになる。
「夫の事故が起きたときに、良子はまず心のモヤモヤを落ち着かせようと必死だったと思うんです。きっと7年経ってもそのモヤモヤは残っていて、あんまり変わらない。そこにコロナがやって来て、さらにがまんしなければならなくなったし、もっと生きづらくなってしまう。それまでも、必死でがんばっていたのに、もっともっとがんばらないといけなくなってしまったんです。それって並大抵のことではないですよね」
 コロナ禍では、尾野さん自身もがまんを強いられた。
「やりたいことができない。外に出かけられない。好きな人達にも会いに行けない。もう、嫌なことだらけですよね。本当に腹が立ちました」
 圧倒的な怒り、悔しさの中で、ただ唯一の感謝もあった。
「0.001ミリぐらい感謝するのは、一人になったことで、自分というものを考えさせてくれたことです。芝居のことや人生のことをたくさん考えました。どうしたら仕事ができるのかな? とか。少しだけですけど、悪いことも考えましたよ。どうやったら人の目を避けて外に出かけられるのかな、とか」
 演じるということは命がけの行為でもある。今回の撮影では、そう思う瞬間もあったという。
「親子のシーンなどはマスクを取りますから、息子の純平を演じる和田庵くんと共に命を晒し合うわけです。もちろん、予防対策はしっかりとしていますし、お互いに気をつけていますけど、絶対はないですから」
 一方で、こんな思いもあったという。
「命をかけるのに値する作品というか、先が見えない中で、こんなに良い映画に出会えたんだから、ここで死んでも悔いのないようにがんばろうと思いました。そして、撮影が終わり、公開を前にして、心から悔いがないと思えています。コロナがなければ生まれなかった作品かもしれませんし、本当に少しだけですが、そこには感謝しています」
 コロナ禍での撮影が役者としての糧となる。それは、逆境の中で希望を見出す良子のようでもあった。
「一生懸命たくさん戦ったんです。映画の中でも、外でも戦いました。目には見えないかもしれませんけど、今まで経験したことのない戦いでした。その熱みたいなものが芝居に出ていると思います。ぜひ、見てください」
『茜色に焼かれる』
2021年5月21日(金)
TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開
7年前に理不尽な交通事故で夫の陽一(オダギリジョー)を亡くした田中良子(尾野真千子)は、中学生の息子・純平(和田庵)を一人で育て、加害者からの賠償金も受け取らず、施設に入院している義父の面倒も見ていた。家計は苦しく、息子はいじめにあっている。それでも、良子には手放さなかったものがあった。
(配給:フィルムランド 朝日新聞社 スターサンズ)
https://akaneiro-movie.com/
尾野真千子 おのまちこ 1981年生まれ、奈良県出身。1997年に『萌の朱雀』で映画主演デビュー。2011年にはNHK連続テレビ小説『カーネーション』に出演。他にも数々の映画やドラマに出演。『そして父になる』『きみはいい子』『影踏み』『台風家族』などでは主要な役どころを演じる。2021年は『心の傷を癒すということ 劇場版』『ヤクザと家族』に出演し、5月21日には主演映画『茜色に焼かれる』が全国公開。また、2021年春には『明日の食卓』(瀬々敬久監督作品)の公開が控える。
スタイリスト:江森明日佳(BRÜCKE) ヘアメイク:黒田啓蔵(Iris)
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