日本にきて4年、芸歴わずか5ヵ月で「R-1ぐらんぷり」の決勝に進出した異国の新人芸人は、なんと現役のIT企業役員だった……そんな超異色の経歴で注目を集めた厚切りジェイソンさん。現在はテレビ番組やラジオなどで大活躍中だが、芸人と役員、どっちが「本業」なんだろう。
「その『どっちが本業?』って、すごく聞かれるんですけど、いつも本業って何!? と思うんですよ。アメリカには本業や副業という考え方も言葉もなくて『仕事』という言葉しかないから、僕の感覚では複数の仕事をやっているだけ。そもそも、どうやって本業を定義する?収入?時間?より好きな方? むりやりメインを決めてしまったら、本業以外は、本腰を入れてない感じを与えるし、自分の可能性を減らしてしまうと思う。それはもったいないよ」
ジェイソンさんはアメリカ、ミシガン州出身。飛び級で進学した大学でコンピューターサイエンスを学び、大学在学中、日本の企業で研究するために1年間、日本で暮らした。
「これから世界レベルで大きいことをやるならIT系だろうと思って、コンピューターサイエンスを学びました。日本語は必須科目だった外国語で選択して2年勉強したんですけど、いざ日本に来たらまったく会話が成立しなかった。その悔しさで日本語を猛勉強したんです。そのときいい教材になったのが『エンタの神様』だった。ネタが短いから頑張れば一つのネタを全部理解しきれるし、面白い部分やオチがテロップで大きく出るから、これで笑うんだとか、何が面白いのかを調べたりしましたね。特に好きだったのは、アクセルホッパーさんと小梅太夫さん。ギリ日本語が分かるから、意味が分かっただけで『イエ~!』という喜びがあった。いや、ネタもちゃんと面白いんですけど(笑)」
帰国後はアメリカの大手IT企業に就職し、専門分野の修士号も取得したが、せっかく覚えた日本語のスキルをいかしたいと思い転職、2011年に再び日本へ。現在は日本のIT企業でアメリカ法人の立ち上げから携わる責任者として、バリバリ仕事をこなす毎日だ。しかしそんな生活のなかに、どう芸人が結びつくのか。
「ふと昔に見ていた『エンタ』を思い出して、お笑い『も』やってみたいと思ったんです。日本人は芸人をやろうと思うと、他の仕事は捨てる人が多いけど、なんで? 僕は両立できると思ったから、一年間、仕事をしながら週末だけお笑いの学校に通いました。最初はまったくウケなかったけど、やらないで後悔する方が嫌だから楽しかったですね。それでも一年が終わる頃、日本語を勉強する中でおかしいと思っていた漢字をフリップで紹介するネタをやったらちょっとだけウケた。実際に僕が漢字を覚える時、部首を使ってストーリーを作るんですけど、よくよく考えたら真逆でおかしいんですよ」
「ご飯を『炊く』って火が欠けてるから炊けないよ!why?金と同じで『銅』。同じじゃないよ!とかね。それをホワイトボードに書きながらやったら前よりウケた。そんなとき出たライブでネタが飛んで焦って適当に叫んだのが『Why Japanese People!』でした(笑)。自分ではまったく意識してなかった言葉だけど、見ていた先輩たちに『おもしろいからもっと言った方がいいよ』とアドバイスされてあのパッケージが完成したんです。だから本当に運がよかった。奇跡ですね。結局、どっちの仕事も思った以上に大きいことになりました」
最近ではTwitterでの人生相談が話題だ。日本人の常識を覆す回答が支持されて現在フォロワー数は24万人を突破。特に反響が大きかったものを加筆して自身初の書籍「日本のみなさんにお伝えしたい48のWhy」が発売された。
「まさかの展開にビックリですね。僕は当たり前のことを書いているだけなのに、二週間に一回はニュースになるし(笑)。日本は好きだけど、空気を読みすぎてみんなが思っていることも誰も言わない。時代は大幅に変わっているのに、前からのやり方を言われた通りにやっているとグローバルでは置いていかれるよ。少しくらい考えろよ!それだけでも伝えたい(笑)。考える力ですべてを解決できると思うから」
芸人として忙しくなる中、会社は上場。準備に終われた期間は徹夜続きだったが、「貴重な経験だった」と楽しそうに語る。
「今も大変は大変だけど、パソコンとインターネットさえあればどこからでも仕事ができる。芸人は待ち時間が多いから、その時間を有効に使えるし、アメリカとの時差があるからあまり仕事時間も被らないんですよ。月曜日は朝から『PON!』の生放送で、ビビる大木さんに『うるさいよ!』と言われた後、役員会に出て業績を発表しています(笑)。でもどっちも僕だから、区別はしてない。僕が楽しくやれれば、どっちもうまくいくと思うんです」
厚切りジェイソン アメリカ・ミシガン州出身。IT企業の役員を務めながら、お笑い芸人としてもTVやラジオなどで大活躍。「R-1ぐらんぷり2015」では決勝に進出。11月5日には、自身初となる書籍「日本のみなさんにお伝えしたい48のWhy」(ぴあ)を発売。
小宮山雄飛です。厚切りジェイソンさんとは、以前僕のラジオ番組にゲストで来てくれた時に会いました。 まあ彼は「すごい」の一言ですね。まず日本語が話せる、その時点ですごいわけですよ。子供の頃からそれなりに英語に囲まれている僕らが英語を覚えるのと、アメリカの人が日本語を覚えるのでは、大変さが全く違います。IT企業とお笑い芸人の2足のわらじという点がクローズアップされがちですが、それ以前にアメリカ人が日本語で芸人をやるということ自体がすごい訳です。つまり厚切りさんは、アメリカと日本、IT企業とお笑い、という2×2=4足のわらじで見事成功しているわけで、このコラムの最終回を飾るにふさわしい人だと思います。またお会いして色々な話を聞いてみたいです。