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YADOKARI

未来住まい方会議

アートディレクターのさわだいっせいとプランナーのウエスギセイタを中心とする「住」の視点から新たな豊かさを定義し発信する集団。ミニマルライフ、多拠点居住、スモールハウスを通じ、暮らし方の選択肢を提案。主な活動は、『未来住まい方会議』運営、スモールハウスのプロデュース、空き家・空き地の再利用支援ほか。
250万円のスモールハウス『INSPIRATION』販売開始。http://yadokari.net/

第1回「世界の小さな住まい方」

2015.6.20

大きいことはいいことだ。
そんなCMが街に流れていたのは、オリンピックが東京にやってきた50年と少し前のこと。高度経済成長期を迎えた僕らの国は、「小さく慎ましく」という遠慮がちな価値観から孵化するように、「大きい」という豊かさを求めて走り出した。

だけれど、大きいものにはきりがない。大きければ大きいほどいいと思えば、際限なくもっと大きいもの、大きいものをと求めてしまう。その豊かさは、幻想のように膨らみ、ふとした拍子に壊れてしまう泡みたいなものだった。きらきらした泡がはじけ去った後の世界で、僕たちは「どうしてあんなに走り続けてきたのだろう」と立ち止まる。ほんとうの豊かさとは、何だろう。

例えば、マイホームを持つこと。社会人になって世帯を持ったら、ローンを組んででも自分の家を持つことが、僕らの国の常識だった。けれど、豊かさの象徴であったはずのマイホームが、次の世代の生き方を縛ってしまうこともある。

アイルランドのある建築家が自分たち家族のために建てた家は、ちょっと見るとほったて小屋のようだ。彼は、子どもたちの人生を限定させないために、こんな家を建てた。地元の素材を使って建てられた家は、人の手が離れると土に帰る。

子育てが人生の中心である今は、のどかな自然に包まれて生きる。やがて子どもたちが成長した後、この家を育み続けるのか、手放して大地に返すのか、それは彼らの自由だ。建築家である父は、息子たちに家そのものを遺すことよりも、そうやって好きな土地で気軽に住まいをつくる力を引き継ぐことを選んだ。

アメリカのある家族は、8300ドルで中古のスクールバスを買った。6人家族には窮屈そうなこの住まいで、フロリダからアラスカまで旅をしながら暮らしている。家族全員が一緒に過ごす時間は、長いようでいてあまりにも短い。だからこそその時間を、より密度の濃いものにしたい。

この家には、プライバシーを守る機能はほとんどない。それはときとしてストレスになるかもしれない。けれど、彼らの暮らしを見ていると、それぞれの個室を持ち、さらには自分専用のテレビをひとり1台ずつ持つという僕らの国にありがちな光景が、あまりに寂しいもののように思えてくる。

僕らの国では、家を建てるのは人生の一大イベントだ。専門家に頼まなくてはいけないし、とてもとてもお金がかかる。大変な覚悟が必要だ。

でもほんとうは、もっと気軽に家をかまえてもいいんじゃないか。

あるプロスノーボーダーは、カリフォルニアの森の中に手作りの家を建てた。船大工の父を持つ彼にとって、自分の家を自分で建てるというのはごく自然なことだった。

単純な構造のこの家には設計図が無い。資材は規格外の格安品や、材木置場の廃材を使っているからほとんどお金もかかっていない。それでも充分に暮らしていける。自分たちで作り上げた家となれば、愛着もひとしおに違いない。

好きな土地に自分で家を建てること。例えばモンゴルの遊牧民のように、そういう生活があたりまえの国もある。僕らの国だってずっと昔には、それがあたりまえだったはずだ。

時は巡る。
大きいことはいいことだ。
でも、小さいこともいいことなんだと、僕らは気づき始めている。

人のぬくもりが感じられる距離。いつでもよそへ移動できる自由。
それは小さいからこそ、得られる豊かさだ。

同じ方へ向かって疾走を続けていた僕らは、小石につまずきよろめいて、ようやく立ち止まってあたりの景色に気がつく。霧の向こうに霞む尾根も美しいが、足元には可憐な花が咲いている。そんな花を探しながら、ゆっくりと歩いてみるのもいいんじゃないだろうか。

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