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杉野剛×早川千絵

杉野剛×早川千絵

杉野剛×早川千絵

撮影/野呂美帆

キャスティングディレクター・杉野剛が映画監督を深堀り。

第36回目は、『PLAN 75』の早川千絵監督です。

杉野 早川監督は子どもの頃から映画が好きだったんですか?
早川 小学校に上がる前からお話を作ることが好きだったんです。保育園の卒園式で「小説家になりたい」と言っていたくらいで。
杉野 その頃はどんなお話を書いていたんですか?
早川 当時読んでいた童話に影響を受けて、犬を拾って育てる、みたいなお話を書いていたような気がします。
杉野 そこから映画に興味を持つきっかけはあったんですか?
早川 明確なものはないんですけど、小学生の時に見た『泥の河』はとても印象に残っています。この映画を作った人は私の気持ちを理解してくれていると強烈に感じたんです。友達への複雑な思いや、大人の世界の得体のしれない怖さなど、言葉にできない感情や感覚が描かれていると思いました。
杉野 自分も映画を撮りたいという思いは芽生えましたか?
早川 中学くらいには映画を作りたいと思うようになるんですけど、当時は監督の仕事をよくわかっていなくて。でも、映画はよく見ていました。

早川千絵

映画の場面が

切り替わることに

興味を覚えた。

杉野 実際に8mmビデオで撮ったりすることはなかったんですか?
早川 周りに持っている人がいませんでしたし、運動会で回すようなホームビデオも私の家にはなかったので、自分で何かを撮ることはありませんでした。ただ、今思うと当時から編集の真似ごとのようなことはやっていたかもしれません。映画の場面が切り替わることに興味を覚えて、自分でもやってみようとバスや電車に乗り、音楽を聴いて車窓の景色を眺めながら、まばたきをするんです。そうやってパッパッパッと景色のカットを割っていたことをよく覚えています。
杉野 大学はアメリカに留学されるんですよね。
早川 私の通っていたところは中高一貫で、大学もつながっていたんですけど、受験しようと思っていたんです。ただ、勉強をしていく中で、日本の受験システムに疑問を抱いてしまって……。
杉野 そうだったんですね。
早川 大学に入るまではみんな一生懸命勉強をするけど、入学後は遊ぶばかりというイメージが当時は強くて。入るのは比較的簡単だけど卒業するのが大変というアメリカの大学のほうが理にかなっていると思って、留学することにしたんです。ニューヨークの大学で写真を学び、トータル10年間アメリカで暮らしました。
杉野 帰国することにしたのはどうしてですか?
早川 9.11の後に戦争がはじまって、社会の空気も悪くなり、これはちょっといられないなと。帰国してからは、友人の紹介でWOWOWの映画部門で働くことになりました。
杉野 映画監督になりたいという思いは持ち続けながら?
早川 そうですね。映画部といっても映画を作る部署ではなかったのですが、映画を作りたいという気持ちは常にあって。ただ、宿題を先延ばしにしているというか、できない理由ばかりを並べていました。行動を起こさないと何も変わらないということに30代半ばで気づき、WOWOWで働きながらENBUゼミナールに通うことにするんです。会社の人には内緒にしながら。周りにはプロも多いですし、まだ夢を追いかけていると思われるのが恥ずかしくて。そこで映画づくりの基礎を1年間学び、最後に卒業制作で1本短編映画を撮りました。

杉野 剛

回り道を経たからこそ、

人との出会いや

タイミングに恵まれた。

杉野 それが『ナイアガラ』?
早川 はい。いろいろな映画祭に送って、カンヌ国際映画祭のシネフォンダシオン部門に入選しました。
杉野 そこから監督への道が拓けていったんですね。
早川 それがそうでもないんです。日本だと長編を撮って初めて一人前という感じだったので、短編で評価されても監督として認めてもらえない。同じ作品で、ぴあフィルムフェスティバルのグランプリにも選んでいただいたんですけど、その後大きな進展はなく会社勤めを続けました。
杉野 『PLAN 75』を撮ることになったのは、どういう経緯だったんですか?
早川 カンヌで出会ったプロデューサーの水野詠子さんから連絡をいただいたんです。オムニバス映画『十年 Ten Years Japan』のプロジェクトに興味があれば、企画を出してみませんかと言われたので、参加することにしました。ちょうど『PLAN 75』の構想があったので、まずはこれをもとに短編を作ろうと。この短編の現場を通して、自分もプロの人たちと映画を作れることがわかって自信がつきました。水野さんとの出会いは本当に大きかったです。先の見通しは何もなかったんですけど、WOWOWを辞めて監督一本でやっていく決心がつきました。
杉野 そこから長編の『PLAN 75』につながっていくんですね。『ナイアガラ』をカンヌに送らなければ水野さんとも知り合えないわけで、そういう意味では監督自身が道を切り拓いたとも言えますよね。
早川 回り道を経たからこそ、人との出会いやタイミングに恵まれたと思います。今年の夏には杉野さんとご一緒させていただく長編の2本目を撮影する予定ですけど、また映画を撮れることが純粋にうれしいですし、完成に向けてがんばりたいと思います。

早川千絵 はやかわちえ 映画監督。2018年に公開された是枝裕和監督総合監修のオムニバス映画『十年 Ten Years Japan』で手掛けた一編を再構築した『PLAN 75』で長編監督デビュー。同作は2022年のカンヌ国際映画祭「ある視点」部門に正式出品され、新人監督に贈られるカメラドールの特別表彰を受賞する。

杉野 剛 すぎのつよし キャスティングディレクター。黒澤明監督に師事し、『乱』『夢』『八月の狂詩曲』『まあだだよ』で助監督を務める。その後、キャスティングに転向。近年では『52ヘルツのクジラたち』『もしも徳川家康が総理大臣になったら』に参加。

撮影/野呂美帆