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 最初は、最悪な時間から始まった。マーティン・スコセッシ監督がメガホンを取った映画『沈黙-サイレンス-』で、キチジロー役を射止めた窪塚洋介。最初に待ち受けていたのは、プロデューサーからの猛烈な威圧だった。
「7年前くらいに最初のビデオオーディションがあったんですが、控室だとアテンドされた部屋がもう会場だったんですよ。俺は控室だと思ってたから、ガムを噛んでいたまま入って、ハリウッドの女性プロデューサーに『マーティンはお前みたいな無礼な奴は大嫌いだ!』みたいなことけっこうな剣幕で言われて。カメラの前でも、殺意があるかのようなレベルの空気で思うように芝居ができず。案の定、翌日に断りの電話がありました」
 一度は諦めた役だったが、再びチャンスが訪れる。
「その2年後に、またキチジロー役でオーディションがあってもう一度来てくれと言われたんです。で、今度はちゃんと準備をして、ガムも噛まずに行って(笑)。俺に説教した女性プロデューサーがいたんですけど、『初めまして~』なんて言ってきて俺を覚えてなかった(笑)。その時の演技はすごく気に入ってくれて、次に会った時は親戚のおばちゃんみたいな感じ(笑)。マーティンに初めて会った時のことはよく覚えています。部屋に入ると、初老の男性がクルリと振り返ってニコッと笑った。なんだか、蜷川幸雄さんにも感じたような、親戚のような既視感があって、最後に『(撮影地の)台湾で待ってる』と言われました」
 物語の舞台はキリシタン弾圧が活発な17世紀の長崎。その後、撮影に向けキチジロー役へとのめりこんでいった窪塚は、自分とキチジローを結ぶ“何か”を求めて、作品へと引きこもっていく。
「原作の遠藤(周作)先生は、キチジローを弱くて、情けなくて、狡くて、醜くて……そういう権化のように描いたと思うし、自分もそう受け取りました。でも、その一方で、誰かの目で見たキチジローの寄せ集めには余白もたくさんある。その余白に何か埋め合わせるものがあれば、キチジローと自分の間に橋がかかるんじゃないか。原作にはない、でも原作を壊さないキーワードが“イノセント”でした。すると、この状況でよく踏み絵を踏めたな、それって強くない? っていう、弱さや狡さをひっくり返した強さが見えてきて、そこで魅力的なキチジロー像が見えてきました」
 その手ごたえは、撮影現場で確かなものへと変わった。
「想像で手繰り寄せて、現場で追体験することでキチジローの経験を得ていく感覚。役者としては幸せだけど、キチジローとしての辛さ、過酷さも並行してありました」
 今回の経験で、すべてが変わったような感覚を味わったという。
「今までのことに、エフェクトがかかった感じ。経験が報われるという気分にもなるし、明日への自信にもなる。マーティンに『初日から頼りにしていたよ』と言われたとき、今まで俳優として経験してきた中で、これが一番高い景色だと思いました。もう辞めてもいいかなって、一瞬よぎったくらい。もちろん、そんなつもりは全然ないですけど(笑)」
 その笑顔は、もう力に満ちあふれている。そのパワーが春の芽吹きのように爆発する瞬間が、待ち遠しい。
『沈黙-サイレンス-』
1月21日(土)全国公開
ハリウッドの巨匠マーティン・スコセッシ監督が、遠藤周作の小説「沈黙」を映画化。アンドリュー・ガーフィールド、リーアム・ニーソン、アダム・ドライバーら人気ハリウッド俳優が名を連ね、日本からは窪塚洋介、浅野忠信、イッセー尾形、小松菜奈、加瀬亮らが出演する。キリシタン弾圧が活発な17世紀の長崎にやってきた宣教師が、日本人信徒の惨状を目の当たりにし、信仰と人命の間で究極の選択を迫られていく。(配給:KADOKAWA)
http://chinmoku.jp
Photo Credit Kerry Brown

窪塚洋介 くぼづかようすけ 1979年5月7日生まれ、神奈川県出身。1995年にテレビドラマデビューし、以後俳優として数々の映画やドラマで活躍。2001年に映画『GO』での演技が評価され、日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を史上最年少で受賞。ほかにも『ピンポン』、『凶気の桜』、『同じ月を見ている』、『ジ、エクストリーム、スキヤキ』などの話題作に出演。また2006年からレゲエDeejay 卍LINEとして音楽活動もしており、5枚のオリジナルアルバムをリリースしている。

ヘアメイク/勇見勝彦(THYMON Inc.)

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