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 繊細で軽妙な筆致と、読者の想像を突き抜けるような叙述トリックで幅広い支持を集める作家・道尾秀介。最新作の『サーモン・キャッチャー』は劇作家、ミュージシャン、映画監督など多彩な活躍を見せるケラリーノ・サンドロヴィッチ(KERA)との共同コンセプト作品だ。
「KERAさんとの出会いは、僕の間違いから始まったことなんです。昔、インターネットでニコルソン・ベイカーの『室温』という本を買おうとして、間違ってKERAさんの戯曲『室温~夜の音楽~』を購入してしまったんですよ。それまで失礼ながらKERAさんのお名前を知らなかったんですが、せっかくなので読んでみたら、台詞回しや場面展開が見たことのない、感じたことのないような“味”だったんですよね。そこからKERAさんの作品にどんどんハマっていって、舞台に通うようになりました」
 その後、舞台を見に行った際に本人から声を掛けられたことでKERAとの交流がスタート。
「KERAさんと何回かお酒を飲みに行っているうちに、僕が小説を書いて、KERAさんが映画を撮るということが決まったんですよ。それで作品のコンセプトは一緒にお酒を飲みながら作っていこうという話になり、まず、どうしようもない奴らが主人公になるという作品の核になる部分が固まりました。ただ、実は一緒に作った部分というのはそこまで多くなくて(笑)。これからKERAさんが映画を撮りますが、小説版をベースにするのかもしれないし、いろいろと違っているものができあがるのかもしれない。僕が小説を書く時もKERAさんからリクエストや注文は一切なかったですし、僕も映画について何か注文するつもりはありません。できあがりを純粋に楽しみにしています」
 『サーモン・キャッチャー』の執筆期間は約4ヵ月間。作家というと引きこもって執筆を続けるイメージもあるが……。
「僕は執筆中のルーチンもないですし、仕事の時間を決めているので、普通に朝起きて、仕事をして、終わったらお酒を飲んだり、音楽活動をしたりという感じなんですよね。ただ、執筆の時は一人きりで、誰とも口を利かないので、引きこもっているといえるのかもしれません」
 執筆中は作品に集中し、仕事の時間が終われば引き戸を開けて外に出るという感覚があるという。
「今まで書いた作品の中にも、まったく気づかないうちに自分の過去の体験が入っていたこともありました。おそらく登場人物たちには、どこか自分の一部が投影されている部分があるので、どの主人公のことを考えていても必ず自分の一部と対峙しているんだと思います」
 19歳で作家を志した後、初めて書いたのが戯曲。そして今、劇作家のKERAと一緒に仕事をすることに不思議な縁を感じるという彼が書き上げた最新作には、さまざまな経験を経て進化を遂げた、現在の道尾秀介の一部が投影されているのだろう。
「今回の作品は個性的なキャラクターたちが登場する群像劇なので、必ず自分と重なる部分を持った登場人物がいると思います。その登場人物の視点で読んでもらってもいいですし、一人と似ているということは他と違うということなので、自分とは違う考え方や行動の意外さを楽しんでもらってもいいですよね。人間模様や設定を俯瞰しながら、泣いて笑って、箱庭的に楽しんでもらってもいいと思います。ただ、こう読んでほしいといっても、なかなかそう読んでもらえないですから(笑)。とにかく自由に読んで、楽しんでもらえたらうれしいです」
書籍『サーモン・キャッチャー the Novel』
発売中 光文社刊
ケラリーノ・サンドロヴィッチとのコラボレーションが話題の注目作。場末の釣り堀「カープ・キャッチャー」では、釣った魚の種類と数によって、景品と交換することができるという。そんな、小さな釣り堀から大きな事件に発展していく6人の群像劇を、コミカルに描き出す。

道尾秀介 みちおしゅうすけ 1975年生まれ、東京都出身。『背の眼』でホラーサスペンス大賞特別賞を受賞。2011年には『月と蟹』で直木賞を受賞。ほか、『向日葵の咲かない夏』、『シャドウ』、『ラットマン』、『カラスの親指』『鬼の跫音』など、数々のヒット作を執筆。
オフィシャルサイトはhttp://michioshusuke.com/

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