FILT

 本誌「FILT」のテーマを毎号担当するコピーライター・岡本欣也氏。多くの人の心を動かすコピーを書いてきた彼は、今、なぜこのテーマを出してきたのか。そこには生業とする日々の言葉との格闘があった。
「僕の思うきれいな言葉とは、硬い言葉ではなく、柔らかい言葉。だから漢字よりはひらがなだし、英語より、誰でもわかる日本語を使うよう心掛けています。それともうひとつは、長い文章ではなく短い文章。一回読んだら淀みなく意味が取れる文章が理想なんです。『言葉が、きれい』というと言葉遣いと思われるかも知れませんが、それだけではなく、読み手を思いやる文章のことだと考えています。SNSなどで交わされる『美しくない乱暴な言葉』を目の当たりにしていると、自分が日々目標とし、書こうとしている言葉との意識の違いというか、そういうものに愕然とすることもある。いずれにせよ言葉を紡いでいくことを、あまり反射的にやるべきではないと思います。」
「言葉は暴力的に働くこともあるし、人を傷つけたり殺したりすることもある。危険物だという意識が必要かもしれませんね。言葉はもっと、おそるおそる出すべきじゃないかと思うのです。もっとびびりながらおそるおそる。たとえば本でも手紙でも出しづらいゆえに精査するということがあると思います。でもSNS全盛の社会は、何の推敲もなしに言葉を手軽に投げ出せるぶん、そのぶん危なっかしいところがあるような気がします。僕はメール1通を送るのですら、時には1時間も使ったりする。長さなんてほんの200文字とか300文字程度なのに。コピーライターというのは多かれ少なかれそういった傾向があるのかもしれません(笑)。あまりに言葉を推敲しすぎて、言葉にスピード感やライブ感がないことに引け目や劣等感を感じた時期もありましたが、今はそうは思わない。言葉を人に手渡すときにはそれなりの、きちんと考える時間が必要で、しっかりとしたものを仕込んで手渡すべきじゃないかと」
「広告の言葉は推敲された言葉です。ひとつのキャッチコピーを考えるのにも100案出します。300字程度のボディコピーも何回も何回もやり直す。それがコピーライターの作法です。そこまでやらないと多くの人の鑑賞には堪えない。そこまでやっても、伝わらない時は伝わらない。無視される。反発される。それくらい難しいことなんです。『これだ』という言葉はどこから来るのか。それはやっぱり、普通に生活をしている自分の中から来ると思います。『自分に取材する』って僕は言うのですが、自分の中にあるものを発見する作業ですね。広告というのは基本的には『共感』をベースにしたコミュニケーションなので、そのつど自分に問いかける。おまえは本当はどう思ってんのって。本当が、共感の本質ですから。でも人間はなかなか一筋縄にはいかなくて、自分で自分に問いかけてるのにそれでも平気でうそをつく。広告という言説空間には美辞麗句の引力が他より強く働くので、それにあらがって徹底的に詰問して、本当のことを吐かせる。ひとり取り調べ室。そんなかんじですかね。」
「贈り物をするとき、変なものを贈って相手に嫌な思いをさせたくないですよね。プライベートな空間に余計なものを介入させるという意味では、贈り物は『邪魔者』なんです。だからこそ一生懸命考えて、相手が『喜んでくれるかなあ』と悩みながら贈る。言葉も、贈り物だと思います。そう、最小版の贈り物。だから、相手の心に言葉を届けるためには、相手の生活や人生に介入するということを考えて、喜んでもらえるように、随分と意識しながら準備したほうがいい。きっと、みんな準備が足りないのかもしれないな。“自分”ばかり意識している人が多いですが、人と人の関わりの中にしか、人間関係はありません。言葉を意識することは、人としての生き方の問題。人間関係を大事にするというのであれば、言葉を大切にしていかないと。言葉というものを考えるというのは、自分はどうやって生きていくのかということを考えることと、きっと隣り合わせなんじゃないかな」

岡本欣也 1969年生まれ。東京都出身。‘94年コピーライターの岩崎俊一に師事。’00年に東京コピーライターズクラブ新人賞を受賞し、‘04年には日本たばこ産業株式会社のマナー広告で東京コピーライターズTCC賞受賞。その後も、人々の心に残る数々のコピーを生み出している。

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