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 現在、世界各地を往きながら旅作家として活躍する小林希さんが、会社を辞めたのは29歳のときだった。
「20代は仕事に夢中でした。でも30歳を前に女性としての生き方も考えるようになって……。周囲は結婚したり、子どももできたりしていたんですけど、それが自分のこととしてイメージできなかった。私はどうしたいのかなと思ったときに、ずっとやりたかったことをしようと。それで恋人と別れ、会社を辞め、1人旅に出ました」
 父親の仕事の関係で、子どもの頃にフィリピンを訪れ、海外に興味を持ち、大学時代は友人と中国やインドなどを1ヵ月放浪するほど旅好きだった。最終出社日の夜、そのまま空港に向かい、“旅女”になる。
「旅に行きたいワクワク感には勝てなかった。彼氏とも別れて、親にも周囲にも心配されましたけど、私自身は何にも不安はなかった(笑)」
「理想の生活はできたけど、もっと自分らしい生き方をしたい」その思いが、彼女を旅へと向かわせた。
「旅が人生を変えるというよりも……レイヤーを重ねていくような感じですね。20代の頃の理想的な人生も素敵だったけど、こんな面もあったんだ、という広がり方。人生を深めていくのに、私には旅が手っ取り早かったし、苦労もありましたけど、相性が良かったんです」
 旅で出合ったさまざまな出来事の一つ一つが、折り重なるように自分自身の幅を広げていく。
「例えば、インドのトイレには紙が無くて、手で洗い流したりしますよね。日本の感覚からすれば不潔ですけど、現地の人からすれば、紙で拭くより水で洗う方が清潔でしょ?って感覚なんです。その是非は置いといて、“そういう考えもあったか!”って驚きが旅にはたくさんある」
 彼女の旅は、時には1ヵ所に2~3ヵ月と長期滞在するスタイル。そこに暮らす人々の日常に触れていくと、見えてくるものがある。
「その街で暮らすように旅をしていると、現地の人にとっては些細なこと……もしかしたら私自身もだんだんと忘れてしまうような些細な出来事でも、その瞬間はキラキラと輝いて見えることがあって。それって逆に言えば、日本での私たちの生活の中にも本当はそういうキラキラした瞬間があるってこと。他から来た人から見れば、日本にも素敵な出来事がきっとたくさんある。きっとそれに気づけなくなっているだけなんですよね。それこそ、“こうじゃなきゃダメ”っていう価値観に固まってしまっているんじゃないでしょうか」
 旅が、凝り固まった価値観を崩してくれる。「そしたら、今まで嫌だったとこだって、よく見えてくることもある」と彼女はほほ笑む。
 さまざまな国を旅した彼女が今、一番気になっている国はスペイン。
「ヨーロッパの中でも少し田舎なので、人柄も気取っていなくてあたたかい。感情を素直にぶつけてくれるので、ワーッと怒ったりするけど、翌日には笑顔で話せてしまう(笑)。料理もおいしいですしね。あと、地方ごとに独自の文化を持っていて、何度も行きたくなりますね。というか、スペインに住みたい(笑)」
 執筆などでなかなか海外に出られないときは、国内を旅することも。
「私の中で、勝手に地中海に雰囲気が似ているな、と思っているのが瀬戸内海。島のじじばばとも一緒に宿をつくったりして、とても仲良くなったので、しょっちゅう行くんです(笑)」
 旅の中でそこに暮らす人の日常に触れること。そこで見えてくるきらめきが、たくさんの“気付き”を与えてくれるのだ。

小林 希 こばやしのぞみ 旅女・旅作家。元編集者。1982年生まれ、東京都出身。2005年にサイバーエージェントへ入社するが、2011年末に退社し、旅に出る。1年後に帰国し、旅作家に転身。現在フォトグラファーとしても活動する。著書に『恋する旅女、世界をゆく ――29歳、会社を辞めて旅に出た』『美しい柄ネコ図鑑』など。雑誌『Oggi』『デジタルカメラマガジン』にて連載中。Instagram:nozokoneko

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