「子どもの頃から変わらずに好きなものが3つだけあって、それが音楽と釣りと中日ドラゴンズなんです」
好きなものを尋ねると、そんな答えが返ってきた。5人組ロックバンド・サカナクションのフロントマンとして音楽活動を行いながら、釣りにも頻繁に出かけていく。
「釣りって魚の生態を調べて、生息していそうなところを探して糸を垂らす遊びなので、実は試行錯誤する部分がすごく音楽と似ているんです。音楽に合わせてギターを選ぶように、ターゲットの魚に合わせて釣り竿や仕掛けや餌を選んだりしますから。目的のために研究して、結果を出すことが好きなんです」
デビューして今年で16年。研鑽を重ねながら、常に新しいものを模索してきた。
「10年目を超えたくらいの頃から、音楽的な技術がついてきたことで、自分の作為性をコントロールできるようになってきたんです。これをやればみんなが喜ぶとか、ここまですれば自分も納得できるだろうとか。でも、それに飽きてしまって、自分のやることに感動しなくなってしまったんです」
コロナ禍ではオンラインライブや生配信などを行い、話題となった。
「他人を感動させるには、まず自分が感動しないといけない。自分が感動するものってなんだろうと考えたときに、一番しっくりきたのが、結果が予想できないものへの挑戦だったんです。オンラインだと見ている人がどう感じているか、どう見られているかが想像できない。だからこそワクワクするし、新しい感情も生まれてくるのかなって」
2023年10月19日からは、北海道・小樽市民会館を皮切りに、全国10都市を巡る単独ツアー『懐かしい月は新しい月 “蜃気楼”』がスタートする。
「サカナクションとしての活動をしていく中で、燃え尽き症候群のようになってしまって、しばらく休養していたんです。今回の単独ツアーは、サカナクションの5人に戻る前の、再起動のために必要なツアーだと考えています。10都市ですけど、すべて1DAY。着席で見られるライブにしたくて、ちょうどいい規模のホールを選びました。たぶん普段みなさんが見ているライブとは全然違う形になると思うし、僕にもどうなるかわかりません。自分が1人でステージに立って歌うということがどういう結果につながるのか、そこは非常に楽しみです」
サカナクションとして、目指すビジョンはあるのだろうか。
「音楽は時代なので、時代の中で良い曲の定義も変化すると思うんです。CDが100万枚、200万枚売れていた時代はセールスのある曲が良い曲だと言われ、いまだとSNSでどれだけ見られたかが良い曲のモノサシになる。この瞬間に評価される音楽というのは、どうしても流行に紐付けられてしまうので、僕らはそこを目指すんじゃなくて、もっと未来に評価されるものを生み出すことが重要だと考えています。大勢の人に支持されるには、常に音楽以外のことにも敏感でいなきゃいけないと思うんです。そうすると、クリエイティブなことに取り組んでいく上で、窮屈なシーンがたくさん出てくる。もちろん、その分得られるものもあると思うんですけど。結局、僕らはただの音楽好きの兄ちゃん姉ちゃんなので、マジョリティの中のマイノリティとして存在しながら、表現としての音楽と向き合っていくのが最適解かなと思っています。オンラインライブも単独ツアーもそうですけど、いろいろと実験をしながら、その結果を楽しめるような余裕を持てるようになればいいですよね。それがバンドとしての貫禄になっていくと思うんだけど」
3月には、デビュー前に書き綴った全250篇の“ことば”をまとめた初の単著『ことば 僕自身の訓練のためのノート』を刊行。音楽における歌詞の世界についても聞いてみた。
「日本語の歌詞にはまだまだ探求すべき部分がたくさんあるし、音楽の進化と共に歌詞の文化も進化していると感じます。例えばボカロ曲などは人間の歌い回しじゃないものになっていっているけど、それでも人はちゃんと感動できる。特に僕は言葉のリズムが意味を上回る瞬間を探しているというか、そこに執着しているので、とても興味深いです」
好きなものだから探求したいし、突き詰めたい。しかし、自分の力が及ばないものもある。
「音楽にしろ、釣りにしろ、研究すればするだけ、ある程度は見合った成果を手にすることができるんです。もちろん、環境や調子に左右されることもありますけど、この2つは自分の関与できる部分が大きい。でも、野球はそうじゃないんです。僕は物心がつく前から中日ドラゴンズファンですけど、チームの調子が良いときも悪いときも、何もできません。でも、それがめちゃくちゃおもしろい。関与できないことを楽しみながら、一生かけて応援していくんだろうと思います」
山口一郎単独ツアー
『懐かしい月は新しい月 “蜃気楼”』
2023年10月19日の北海道・小樽市民会館を皮切りに、仙台、大阪、広島、福岡、新潟、札幌、名古屋、京都、東京と全国10都市を巡る単独ツアー。岩寺基晴、草刈愛美、江島啓一、岡崎英美の4人、さらには国内外のミュージシャンが『懐かしい月は新しい月 ~Coupling & Remix works~』で再構築したサカナクションの音世界をシンガー・パフォーマーとして山口一郎が単独で表現する。
https://sakanaction.jp/feature/moon
山口一郎 やまぐちいちろう ミュージシャン。1980年生まれ、北海道小樽市出身。2005年に5人組ロックバンド・サカナクションを結成し、2007年にメジャーデビュー。ギターボーカルを務め、楽曲のほとんどの作詞・作曲を手掛ける。第64回NHK紅白歌合戦に出場。第39回日本アカデミー賞では最優秀音楽賞を受賞。9月にはセルフアレンジ&リミックスアルバム『懐かしい月は新しい月 Vol.2 ~Rearrange & Remix works~』をリリース。単独ツアー『懐かしい月は新しい月 “蜃気楼”』は10月19日から2024年1月14日まで。
ヘアメイク/根本亜沙美 スタイリング/三田真一(KiKi inc.)
衣装協力/コート¥192,500、Tシャツ¥36,300、パンツ¥68,200、シューズ¥74,800(すべてsacai(サカイ)/問い合わせ:03-6418-5977
sacai.jp)、その他本人私物