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三島有紀子

三島有紀子

三島有紀子

撮影/伊東隆輔 取材・文/中村千晶
スタイリング/谷崎 彩
衣装協力/イヤリング flake(http://www.flake.co.jp/)ワンピース、シャツ共に pas de calais 六本木 03-6455-5570、ブーツ KATIM 03-6303-462 Instagram@katimshoes/ #katim
取材協力(写真1枚目)/鎌倉・由比ヶ浜「Ocean Harvest Cocomo」(http://www.kamakura-cocomo.com/
取材協力(写真2枚目)/鎌倉・由比ヶ浜「マゴコロ(麻心)」

三島由紀夫、寺山修司、宮沢賢治、坂口安吾……。

影響を受けた本と、本がつないだ人との出会い。

「一冊の本との出会いが、生き方を変えてしまうことがある」
 本好きで知られる三島監督が、よく口にする言葉だ。人生の中で絶対に外せない作家が何人かいるという。その一人、自身の名前の由来である三島由紀夫に最初に触れたのは小学校高学年。高校時代に再読してどっぷりハマった。どれか一冊と言われればやはり『金閣寺』だ。《私が人生で最初にぶつかつた難問は、美といふことだつたと言つても過言ではない。》(三島由紀夫『金閣寺』より)
「金閣寺がやがてなくなるかもしれない、滅びゆくものであると悟った瞬間に、主人公<私>の中で、本物の金閣寺が輝きを放つ。読みながら、やがては滅びゆくもの、死に向かうものに“美”があることにハッと気づいた。その瞬間に、何かが私の中で、強烈に響いたんです」
 同じ頃、寺山修司にも多大な影響を受けた。
「自分の中ではですが…三島由紀夫が長文の美ならば、寺山修司は歌人なので短い言葉=惹句のように強烈な言葉を作る人。激しく劇的でもあり、高校時代とても惹かれました」

私の中にも

修羅が住んでいると、

気づかせてくれた。

三島有紀子

 成人式の挨拶で、引用した言葉を今も憶えている。

《どんな鳥も想像力より高く飛べる鳥はいない。人間に与えられた能力のなかで、一番素晴らしいものは想像力である。》《オーダーメードの洋服が商品として通用する時代だもの。オーダーメードの思想が通用していけない訳はない。》

「『寺山修司のこの二つの言葉を、成人しても大事に生きていきたいと思います』と、言いました。想像力は自分を自由にしてくれましたし、自分オリジナルの考え方や見方というものをずっと探していました。今もそれは続いています」

 宮沢賢治は、やはり高校時代に出会った『春と修羅』で大きく印象を変えた。

「宮沢賢治は『雨ニモマケズ』の穏やかで朴訥としたイメージが強いですが、私は『春と修羅』という詩集が好きです。底に強烈な“修羅”を抱える人であるところが面白いと思って。そして同じように、私の中にもその修羅が住んでいると、気づかせてくれました」

《もうけつしてさびしくはない なんべんさびしくないと云つたとこで またさびしくなるのはきまつてゐる けれども ここはこれでいいのだ すべてさびしさと悲傷とを焚いて ひとは透明な軌道をすすむ》(宮沢賢治『春と修羅』より)

「例えば“好き”という感情は、度を超えたら嫉妬になり、人を盲目にもさせる。孤独も感じさせる。どの感情も危ういものであり、人を修羅にさせる。人はそれを心のなかで焚き上げながら、進むしかないのだと思いました」

唐さんの前で

台本の2ページに及ぶ

セリフを暗唱した。

三島有紀子

 人生の節目節目で「本」に助けられてきた。テレビドラマを初めて監督したときの唐十郎との忘れられないやりとりがある。

「ドラマの出演交渉をしに、舞台を見に行ったんです。上演後、テントのなかで劇団員のみなさんたちと円陣を組んでの飲み会に参加させてもらいました。唐さんはまず、私の名前に大爆笑し、『三島有紀子に乾杯!』と、みんなの前で焼酎で乾杯してくれたんです」

 いつ出演交渉を切り出すか。考えていると、みんなが「唐さんとの出会い」を話し始めた。

「私は『唐版 風の又三郎』がとても好きで、セリフの一節を覚えていたんです。すでに酔っ払ってたんだと思いますが、自分の番になったとき、唐さんの前で台本の2ページに及ぶセリフを暗唱した。そうしたら、まだ台本もプロットの説明もしていなかったのに、唐さんがすっくと立ち上がって『三島くん、出るよ』と。全身に鳥肌が立ちました」

 薄暗いテントの真ん中に、豆電球だけがぶらさがっていた。その光景は今も目に焼き付いている。 『唐版 風の又三郎』は『風の又三郎』を題材にギリシャ神話と自衛隊員の隊機乗り逃げ事件を絡めた作品だ。監督が暗唱したのは自衛隊員の高田にエリカという恋人が「あたしはあんたの来るのを待っている」と想いを伝えながらも責めるシーンだった。

「『しかし、高田さん、棺桶はどんな風を呼ぶんだい』という台詞、心に刺さりました。棺桶はヒコーキと違って風も起こせやしない。〝死〟には意味がないのではないか。例え堕落しても生きてこそ、風を起こし何かを動かしていくのではないか。と受け止め、心にとどめていました」

 それはまさに10代の頃の生き方を変えた、坂口安吾の『堕落論』につながっていた。

《人間は堕落する。義士も聖女も堕落する。それを防ぐことはできないし、防ぐことによって人を救うことはできない。人間は生き、人間は堕ちる。そのこと以外の中に人間を救う便利な近道はない》(坂口安吾『堕落論』より)

「生きているということが堕ちることである。それが人間なのだと言う言葉を受け止め、自分の心が生きることにまっすぐに向かうことが出来たように思います」

 それは常に自分を律し、紳士であろうとした父の影からのある種、脱却でもあった。

「子どもの頃、戦後のヤミ米に手を出さず、信念を貫いて死んだ人の話を聞かされたんです。当時はそれを美しいと思いましたが、その刷り込みを壊したのが『堕落論』でした」

三島有紀子

 清らかであろうという心持ちはあるけれど、それだけでは生きて行けない。高潔を捨てることが苦しみだとしても、それを選んで地を這いながら生きることが人間なのではないか。その精神は後に読んだ桜木紫乃の『ラブレス』でも深く刻まれた。

「映画制作において100%自分のやりたいことを実現するのは今の自分ではまだ不可能。100%できなければ作らないのか。自分は最初50%でも、核の部分がぶれずに作ることが出来るなら作ります。できる範囲を皆で工夫して広げながら、この時代に何を発信できるのかを大切にしたい。むしろその“何を”を発見する時間が大きいのかなと。堕ちきることによって自分自身を発見し救わなければならないという安吾の言葉を知ってから、自分自身の発見の旅は続いているように思います」

三島有紀子

三島有紀子 みしまゆきこ 大阪市出身 18歳から自主映画を監督・脚本。大学卒業後 NHK 入局。数々のドキュメンタリーを手掛けたのち、映画を作りたいと独立。最近の代表作に『繕い裁つ人』『少女』、『幼な子われらに生まれ』など。11月1日(木)には、最新作の『ビブリア古書堂の事件手帖 -memory of antique books』が公開予定。

撮影/伊東隆輔 取材・文/中村千晶
スタイリング/谷崎 彩
衣装協力/イヤリング flake(http://www.flake.co.jp/)ワンピース、シャツ共に pas de calais 六本木 03-6455-5570、ブーツ KATIM 03-6303-462 Instagram@katimshoes/ #katim
取材協力(写真1枚目)/鎌倉・由比ヶ浜「Ocean Harvest Cocomo」(http://www.kamakura-cocomo.com/
取材協力(写真2枚目)/鎌倉・由比ヶ浜「マゴコロ(麻心)」