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佐藤 優

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バブルも経験をせず、終身雇用という概念も崩れ、社会の恩恵を肌感覚で感じにくい40代前半より若い世代。そんな「右肩下がり世代」で活躍する人々と、「知の巨人」であり、グローバルな視点で国内外の問題を語る佐藤優が話し合い、新しい時代の価値観を浮き彫りにします。そして、次回から当連載がリニューアル。今回はSP版として前回に引き続き、社会学者の古市憲寿さんの登場です。

佐藤 優

構成/藤崎美穂
撮影/伊東隆輔

日本は幸せな国なのか?

多くの国では、高齢者のほうが満足度は高い ―― 古市

一般的には、上を見なくなれば幸せになれる ―― 佐藤

佐藤 前回に引き続き古市憲寿さんにお越しいただきました。編集部からのお題は「日本は幸福な国か」。幸福の定義もなかなか難しいところですが、一例として国連が今年3月に発表した『世界幸福度報告書』では、対象156ヵ国のうち日本は54位だとか。上位は北欧が占めていて、1位がフィンランド、2位がノルウェー、3位デンマークです。みんなちょっと息苦しそうな国に思えます。
古市 ノルウェーには1年留学しましたけど、「老人の国」という印象を持ちました。北欧は、多くを求めなければ、そこそこ満足できる社会なんだと思います。社会民主主義の国なので、確かに福祉は充実していて、死ぬ心配はない。一方で、消費において選択肢が少ないんです。牛乳は基本一つのブランドだけ。輸入品も少なく、朝も昼に同じパンを食べる人も多い。映画館も少ないし、アルコール規制も厳しい。
佐藤 嗜好の問題だけでなく、体質も違います。日本人は野菜を食べる民族だから、北欧的な食事をしていたら3年もするとビタミン不足で風邪にかかりやすくなる。サプリで補わないと。観光ならいいけれど。
古市 僕は大丈夫でしたが、気候的につらいという人は多いです。秋から冬にかけては日照時間が短いですから。
佐藤 人間も少ないですね。
古市 ノルウェーで人口500万人強ですね。北海道よりやや少ないくらい。よく幸福度の議論では国同士を比べますけど、日本と北欧を単純に比べるのは、少し無理があると思います。
佐藤 そりゃそうだ。ただまあ「幸福度」は基本、他者との比較で成り立つものだから。
古市 幸福度調査でおもしろいのは、多くの国で高齢者のほうが満足度が高いんです。日本の場合は、中年層が一番低くて、若者と高齢者は高く、U字型になる。
佐藤 子どもも満足しているんですか? 学習塾ばっかり行かされてるのに?
古市 NHKの世論調査では、中高生の幸福度が明確に上がっています。なんと、9割以上が「幸せ」と答え、「とても幸せ」も半数近く。内閣府の調査でも20代の生活満足度が約8割です。これには諦めが関係していると思います。未来に期待せずに「まあこんなもの」と満足している。これは高齢者の満足度が高い理由と一緒なのかもしれません。年をとると、健康面の不安は増えるだろうけど「自分ももう年だしな」ってその状況を受け止めることができるのだと思います。
佐藤 50代後半にもなると、ある程度先は見えます。一般的に、上を見なくなれば幸せになれるわけで。
古市 そもそも日本で幸福について議論されるのって、経済が頭打ちの時が多いんです。70年代のオイルショックの後や、90年代にバブルが崩壊した後には経済成長が批判され、「これからは幸福の時代だ」と言われました。要は、現状肯定のために都合良く用いられることが多い。GDPと違い幸福を計測する絶対的な基準はないので、政治家も約束しやすいですよね。個人的には幸福度が低くても、経済的に豊かなほうがいいですけど。
佐藤 幸せ議論が盛んになると、自分は不幸だと思っている人が、どんどん恨みを煮詰めていく傾向もありそうですけれど。
古市 経済成長期ほど幸福度が下がるという研究もあります。「景気はいいのに自分だけ報われない」と思う人が増えるのかもしれません。ただ政治が個人の幸福に対してどこまで介入するかは難しい。「友達の多い方が幸福度が高い」という研究がありますが、国がベーシックインカムならぬ「ベーシックフレンド」を提供するなんてディストピアです。

いつかは生きてシャバに出られる

自分は恵まれている、と思っていました ―― 佐藤

佐藤 めんどくさくて、むしろ不幸になりそう。
古市 ちなみに佐藤さんはいま、幸せですか?
佐藤 幸せですよ。人生いつも幸せです。
古市 事件に巻き込まれたり、逮捕されたりした時も?
佐藤 ええ。大川周明という右翼の理論家が書いた『安楽の門』という本があります。第1章「人は監獄でも安楽に暮らせる」第2章「人は精神病院でも安楽に暮らせる」。だいたいそれと一緒。どこでも大丈夫。塀の中にいた時、もし80年前だったら逆さ吊るしで爪を剥がれるような拷問を受けたんです。それに比べたらおいしい食事は出るし肉体的な暴力はない。死刑囚でもないから、いつかは生きてシャバに出られる自分は恵まれている、と思っていました。

佐藤 優

日本は治安も悪くないし、収入が横ばいでも

それなりに生活していけてしまう ―― 古市

古市 たしかに誰と比較するかですよね。今後の日本は社会保障が先細り、どんどん貧しくなっていくと言われますが、それでも100年前の生活水準よりはマシでしょうから。
佐藤 なにせインフラが整備されていて、快適で清潔ですからね。それに資本主義体制であるうちは、街中がホームレスであふれるようなことにはなりません。
古市 デフレだって悪いばかりではないんですよね。物価が毎年上がっていく国では、自分の給料も毎年上げていかないと、同じ生活水準さえ維持できない。ニューヨークやロンドンで生きていくのは、本当に大変だと思いますよ。日本では、東京でさえ、収入が横ばいでもそれなりに生活していけてしまう。治安も悪くない。自殺率は高いけれど、殺人発生件数が高い国よりはマシかもしれない。佐藤さんがもしもいま、どこの国でも永住できます、となったら、どの国を選びますか。
佐藤 慣れているところがいいから、日本でなければ、ロシアですね。ロシアは楽しい。適当に働いて、あとは友人たちとワイワイ抽象的なことを話しながら1日楽しく暮らしていける。例えばロシアの友人は「安倍さんはすごい。こんな状況でも国民を信頼しているのだから」という。「プーチンなんか国民を信頼してないからな。民主主義でいいな」と。ロシアは悪口も多いけれど、ひややかな視線で物事を好きに語れる土壌があるんです。日本では嫌がられるような内容でもね。
古市 そのような皮肉は許されるんですね。僕は大気汚染がなければ、ロンドンや上海に住みたいです。
佐藤 大都会ですね。
古市 人脈も情報も都市に集積しますからね。面白いことをしようと思ったら、すぐに仲間が見つかる。本当だったら、友人とは全員徒歩圏内に住みたいくらいです。そして何より都市には選択肢が多い。北欧は1年に2週間ほどバカンスで行くにはいいかもしれませんが、仕事をするなら都市ですね。

佐藤 優

親世代からの豊かさの貯金をいかに守っていくか ―― 佐藤

来世を信じたほうが結果的に挑戦もしやすくなる ―― 古市

古市憲寿

佐藤 能力のある人はそうでしょう。この先日本も、能力のある人や若い人の生活はそんなに変わらないと思います。そうではない人――特に男性は結婚して女性に養ってもらうケースが増えるんじゃないですか。介護や医療といった分野は景気に左右されず、女性のほうが不況時の就職に強いから。実はそれこそが現政府のいう「女性の活躍」の主幹だと思うんですよね。
古市 結婚できない人はどうしましょう?
佐藤 そこは手付かずですよね。なにせ今のところ働かなくても暮らしていけるのだから。ニート的な人を含めていまの人たちが享受している日本の豊かさは、親世代、祖父母世代からの貯金です。有限であるそれを、いかに守っていくかは非常に重要だと思います。
古市 未来の話になったので、それをさらに飛躍させると、個人的には「来世」を信じたほうが楽に生きられると思っています。「次の人生もあるだろうから、この一生で全てをやりきらなくてもいい」というくらいの気持ちでいると、結果的に挑戦もしやすくなる。「失敗したら来世で頑張ろう」って。
佐藤 そのできなかったことを、来世ではなく自分の子どもに託すと『巨人の星』のような悲惨な世界になるけれど。――今後はさらに自分の身は自分で守らなければならない時代になるでしょう。大変ではあるけれど、裏を返せば可能性を自分で広げていけるということでもある。自分が何を選ぶかですよね。

佐藤 優 さとうまさる 作家 1960年生まれ、東京都出身。元外務省・主任分析官として情報活動に従事したインテリジェンスの第一人者。"知の怪物"と称されるほどの圧倒的な知識と、そこからうかがえる知性に共感する人が多数。近著に『十五の夏』『勉強法』など。

古市憲寿 ふるいちのりとし 社会学者 1985年生まれ、東京都出身。若い世代を代表する論客として多くのメディアで活躍。『ワイドナショー』『とくダネ!』など情報番組のコメンテーターも務める。近著に『保育園義務教育化』『大田舎・東京 都バスから見つけた日本』など。

構成/藤崎美穂
撮影/伊東隆輔