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佐藤優

佐藤優

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バブルも経験をせず、終身雇用という概念も崩れ、社会の恩恵を肌感覚で感じにくい40代前半より若い世代。まさに「右肩下がり世代」といっても過言ではない彼らは、厳しい現状の中でも新しい生き方を模索しています。「知の巨人」であり、グローバルな視点で国内外の問題を語る佐藤優がメンターとして、右肩下がり世代で活躍する人々と話し新しい時代の価値観を浮き彫りにしていきます。

佐藤優

構成/藤崎美穂
撮影/伊東隆輔
撮影協力/PROPS NOW TOKYO

問題意識の養い方

特定のテーマに寄らない活動というのが面白い ―― 佐藤

社会問題はヒトが問題意識を持つ以上なくならない ―― 安部

佐藤 安部さんは東京大学在学中の2009年に、「社会の無関心の打破」を掲げたボランティア組織「リディラバ」を設立されました。2012年に法人化し、現在も大学院博士課程に籍を置きながら、様々な社会問題をテーマに扱っています。特定のテーマに寄らない活動というのが面白いですね。
安部 社会問題というのは、ヒトが問題意識を持つ以上はなくなりません。そして成熟した社会では、わかりやすい共通の問題ってないんですよね。戦後の日本なら「コメが食えねえ」っていうあからさまな問題がありました。そこでパブリックセクターが問題解決のための投資額を見積もり、税金を投入し、実際に解決するという3つのフェーズがあったわけです。でも人の意識や生活スタイルが多様化した今、「うちの庭に日が当たらない」とか、当事者以外は問題だと捉えないケースも多いじゃないですか。パブリックセクターでは判断できない問題が増えてきている。そこをサポートする、アジェンダセッティングする集団になれたら、というのが、我々のベースの考え方です。
佐藤 今「リディラバ」は何人くらいでまわしているんですか。
安部 もともと600人ほどのボランティア組織としてスタートして、ここ2年ほどで事業化に大きく舵を切りました。今は社員20数名です。リディラバでは社会問題の現場を巡るスタディツアーという旅行商品の扱いがメインなんですが、修学旅行や学校の授業の一部として依頼された時に、完全ボランティアでは何かあった場合に心配だから、と言われたのが、法人化のきっかけでした。
佐藤 法人化で何か違いは出てきましたか。
安部 ぜんぜん違います。大企業の安定や肩書きを捨てて来てくれた人が多いんです。年収数千万もらえるような人が、安い給料で一緒にリスクを取ってくれるのは、心強いし、メンタル的にも楽になりました。
佐藤 私は檻から出てきた時に「人を使わない、人に使われない」と決めたんです。同時に作家や編集者を集めて、ボランティアベースで「フォーラム神保町」という勉強会を始めたんですよ。でもなかなかね。みんな、自分では金を投資をしない。3年半やって、都内の1LDKのマンションを買えるくらいを個人負担したあたりで「この国はボランティアベースでは何もできない」と踏ん切りがついて、解散しました。
安部 我々はボランティア組織からスタートしているので、そうは思っていないですが。ただそもそもの話で、個人が一つのボランティアに過度に長く関わるのを期待してはダメだとは思います。どんと一人、リスクを取って米びつを守る人間がいて、その周りで個人が短い期間で入れ替わっていく仕組みでないと。
佐藤 それはそうですね。それから組織というのは、立ち上げ当初は一緒にがんばろうという意識が強くても、利潤が上がってきた時に分配を巡った諍いや分裂が起こりやすい。中心人物はそれを乗り越える鋼のメンタルが必要です。あるいは逆に、自分が気づかないうちにカルト化してしまうリスクもある。カリスマ性があって、頭がシャープで、人の気持ちになって考えることができるトップが、カルト集団にならないよう組織を運営するには、これもまた才能がいるんです。
安部 そのリスクはあると思っています。どうしたらリスク回避できるんでしょうね…。
佐藤 そこで「ウチはそんなカルトになるわけない」と激昂せず冷静にリスクを認めることです。知識人としての姿勢が強みであり、担保になる。あとは制度化された中に足をかけて入り込むのもいいかもしれない。東大でも他の大学でも、客員教授・特任教授になるとかね。それはある種の人たちと利害相反が起きた場合の保険にもなります。

発達障害や自閉症に関する問題は、

早急な取り組みが必要です ―― 佐藤

安部 そういうこともありうるかなと思います。やはり社会問題は政治と関わるところが大きいですし、組織として閉じないでいることが大事ですよね。例えば発達障害や自閉症の子どもたちの療育という問題も、当事者や保護者、教職者からステークホルダーを広げていくと、地域性みたいな話にもなっていく。
佐藤 発達障害や自閉症に関する問題は、社会全体から考えて早急な取り組みが必要ですよね。ただ触り方が非常に難しい。
安部 ホントそう思います。保育園も高齢者施設も、自宅で面倒を見てもらえない、気の毒な幼児、老人の受け皿として生まれましたが現在は核家族化や高齢化が進み、貧困家庭だけのものではなくなった。この流れは統計的に当時でも予測はできたことなんです。

佐藤優

問題とは「現実と理想状態のギャップ」だと

我々は定義しています ―― 安部

安部 つまり例外規定としてパッチワーク的に仕組みを作るのではなく、すべてのプレイヤーの潜在的なリスクとして考える必要があった。今後は発達障害とか、いわゆる心の問題と言われるようなことも、同じようになっていくのではないかと思うんですよね。私自身も、ADHD気味のタイプですし。
佐藤 先ほどアジェンダセッティングが自分たちの役割の一つだと言われたけれど、どういう基準で課題を設定しているんですか?
安部 まず問題とは何か、というところからスタートします。それは、「現実と理想状態のギャップ」だと我々は定義しています。実は、今さかんに言われる社会問題の多くは、現状に対して不満を言っているだけで、具体的な理想状態は提示されていない。少子高齢化の問題も、ずいぶん前から危惧されていたけれど、何年後にどの程度の人口を維持したいのか、具体的な数値目標を掲げだしたのって、ホントここ数年の話なんですよね。
佐藤 危機感を煽るだけなら誰でもできるからね。
安部 今まで250くらいの現場に行っているんですが、当事者や多くの支援者の方々には、理想状態といえるものはほとんどないに等しい。「この状態はなんかマズいよね」っていう空気だけがあって、そのもやもやした思いを言語化したいと思っている。基本的には我々は、彼らと対話していく中で、その理想状態を言語化する手伝いをしています。こちらから理想状態を押し付けることはない。
佐藤 面白いですね。メタ認知能力がなければできない。
安部 僕は東大で授業も持っているんですけど、ここ10年、東大生を見ていても、現状分析力は強いけれど理想状態を想定するのが苦手な学生ってすごく増えている気がします。
佐藤 それだと、変なヤツに操られる危険性がありますよね。
安部 新興宗教とかにハマりやすい性質ですよね。自分で理想状態を作れないから、他人の理想状態に乗っかりたくなっちゃう。社会人でも苦手な人は多いんじゃないかな。実際、トレーニングしないと身につかないものなんですよね。

佐藤優

ツアーで当事者意識が養われる ―― 安部

違和感に敏感になるためには、小説を読むのもいい ―― 佐藤

安部敏樹

安部 違和感を覚える場所にたくさん行って、それを言語化するトレーニングができるといいと思います。我々がやっているのはツアーですけど、ツアーってメディアとしても面白いと思うんです。半日くらい現場に拘束されるから、当事者意識が養われる。ただ情報をインプットするだけでなく、その人の考え方そのものも変えてしまう。
佐藤 違和感に敏感になるためには、小説を読むのもいいと思う。今パッと、ウラジーミル・ソローキンの『氷』が浮かんだけれど、そういうものすごく違和感を感じる小説は、目に見えるものと見えないものとをつなぐ役割を果たしますから。
安部 間違いなくそうですね。そういう違和感を養えるコンテンツをどれだけ多く提供できるかですよね。先ほどご紹介いただいたように我々は「無関心の打破」を理念にしています。では関心は何で測れるかというと、時間なんですよね。自由に使える限られた時間の中で、何に多くの時間を割くか。社会のあちこちに潜む違和感や社会問題に、少しでも多くの人に関心を持ってもらいたい。そう考える僕らの真のライバルって、ゲームとかそういうものなんです。

佐藤優 さとうまさる 作家 1960年生まれ 東京都出身。元外務省・主任分析官として情報活動に従事したインテリジェンスの第一人者。"知の怪物"と称されるほどの圧倒的な知識と、そこからうかがえる知性に共感する人が多数。近著に「牙を研げ 会社を生き抜くための教養」など。

安部敏樹 あべとしき 一般社団法人リディラバ代表 1987年生まれ、京都府出身。東京大学在学中の2009年に社会問題をツアーにして発信・共有する『リディラバ』を設立。これまで3000人以上を社会問題の現場に送り込む。近著に「日本につけるクスリ」(竹中平蔵との共著)など。

構成/藤崎美穂
撮影/伊東隆輔
撮影協力/PROPS NOW TOKYO