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森村泰昌

森村泰昌

撮影/Jan Buus
取材・文/木谷節子

森村泰昌

森村泰昌

 創作活動につきまとう「創造」と「マネ」との関係を、“学ぶことは真似ること”がテーマの『まねぶ美術史』著者で、日本を代表する美術家・森村泰昌氏に伺った。
「僕が初めて油絵を本格的に描いたのは、高校の美術部に入ったとき。先生や先輩に教えてもらったり画集を参考にしたりして、見よう見まねで絵を描いていました。今にして思えば、出来上がった作品はカンディンスキーの抽象画なんかにそっくりだった。でも当時、自分では“マネた”という意識はまったくありませんでしたね。たぶん、“自分もあんな風になりたい”とか“かっこええな”とか、憧の気持ちが強かったんやと思います」
 そんな森村氏が、ゴッホに扮したセルフ・ポートレイトを発表したのは1985年。以後彼は、有名絵画の登場人物や著名人に扮した作品で独自の世界を表現している。
「今まで古今東西、老若男女を問わずいろいろな人物になってきましたが、面白いのは服やヘアスタイル、ポーズなどを単にマネてもまったく似ないということ。例えば舌を出した写真が有名なアインシュタインに扮したとき、初めは彼が写真を撮られたときの状況を再現して、正面からバッとフラッシュをたいた。ところが全然似ないんですね。それで試行錯誤の末、ストロボを天井に設置し、光が上からボンッ! とあたるように照明を工夫したところ、“来た来た、これや!”ってなったわけです。ゴッホやフェルメールなどの絵画の登場人物になるときは、二次元の世界を実体のある三次元の世界に呼び起こすために、必要なモノや情報を世界中探し回ることもありますが、そんな風に制作現場で大騒ぎしていると、あるとき突然アインシュタインやフェルメールの気配がぐっと立ち上がってくる。それはもはや僕が彼らに似てるとか似てないとかそういうことでなく、むしろ“憑依”に近い現象やと思います」

森村泰昌

 すでに確固たる自らの表現を確立している森村氏だが、創作シーンで問題になりがちな、アイデアの独自性=著作についてはどのように考えているのだろう?
「世の中を明るく楽しくしたいなら、著作権にあまり目くじらをたてない方がいいと思うんですよ。例えばテレビコマーシャルやデザインなんて美術作品や芸術の方法論をマネたものが数多くある。僕はそれはね、いいと思う。“マネる”というのは一種の世俗化ということで、これによって芸術という狭い世界で生まれてきた感受性が、誰にでもわかる形に置き換えられて広がっていく。ファッションの世界でも、まず高名なデザイナーがパリやミラノで発表した服が、各国でより一般的にリメイクされて、デパートやファストファッションの店頭に並ぶ。僕は“パクる”という言葉は好きじゃないですけど、あえて言えばパクっていくことで流行現象は成立するんです。逆に言えば、パクられないと流行は生まれないし時代精神にはならない。芸術の世界でも、印象派とかアール・デコとか一世を風靡するような様式が生まれたのは、みんながそのスタイルをマネたからなんです」

森村泰昌

 では、ゴッホが印象派からポスト印象派へと一歩進んだように、“マネ”を脱却してネクストステージへと行くためにはどうしたらいいのだろうか?
「それはおそらく批評精神。世の中が楽しく盛り上がる流行現象というのは、わーっと熱狂することですが、ちょっとそこから身を引いて考えてみる。ゴッホも最初は印象派の楽しく美しいブルジョワ的な世界に熱狂するんだけど、次第に、貧しい人やモノのなかにも光り輝くものを見出していった。こうやって流行の熱狂から離れてみたときに、新しい地平が見えてくるんやないかなと思います」

森村泰昌 もりむらやすまさ 1951年生まれ。大阪府出身。京都市立芸術大学美術学部卒業。専攻科修了。1985年にゴッホの自画像に扮するセルフ・ポートレイトを制作。名画の中に自らを映し出す「自画像的作品」をテーマとしてこれまで作り続け、その作品は国内外の展覧会で発表されている。4月5日(火)から国立国際美術館(大阪・中之島)にて、自身としては初めての試みとなる長編映像作品を含む約30点の新作、未発表作と、過去の代表作あわせて約130点で構成した大規模個展「森村泰昌:自画像の美術史―『私』と『わたし』が出会うとき」が開催される。
http://morimura2016.com

撮影/Jan Buus 取材・文/木谷節子