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YADOKARI

未来住まい方会議

アートディレクターのさわだいっせいとプランナーのウエスギセイタを中心とする「住」の視点から新たな豊かさを定義し発信する集団。ミニマルライフ、多拠点居住、スモールハウスを通じ、暮らし方の選択肢を提案。主な活動は、『未来住まい方会議』運営、スモールハウスのプロデュース、空き家・空き地の再利用支援ほか。
250万円のスモールハウス『INSPIRATION』販売開始。http://yadokari.net/

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未来住まい方会議

第13回「水上暮らし」

2016.6.20

都会に住みたくても、都会の家賃はあまりに高い。それなら川の上に住めばいいんじゃない? ロンドンではそんなふうに考えた人たちが、ナロウボートを住まいにするのが流行っているようだ。ナロウボートとは艀(はしけ)船の一種で、寝泊まりもできるので最近ではレジャーでもよく使われている。そんなナロウボートが河川や運河にあふれ、ちょっと困るくらい過密状態になっているらしい。

水の上の暮らし。それは、地に足をつけた暮らしとは正反対の、ゆらゆらとした生き方のように思う。松尾芭蕉は『奥の細道』でこんなふうに書いた。「舟の上に生涯を浮かべ、馬の口とらえて老をむかふる物は、日々旅にして旅を栖とす」。舟の上に生涯を浮かべて、ゆらゆらとどこまでもでも漂ってゆける人生になんとなく憧れる。そういう暮らしは想像上のものではなく、古くから実際に水上暮らしはあった。もちろん、誰もが望んで陸を捨てたわけではないだろうが。

中国には、船上で生活する人々「蛋民(たんみん)」と呼ばれる人々がいる。彼らは漢民族の一部でありながら、差別を受け続けてきた人々だ。その祖先は、5世紀に農民一揆を首謀した盧循(ろじゅん)ではないかと一説にはいわれている。一揆に失敗した盧循は、当時の統治者から3つの禁を言い渡され、陸を追われた。「上陸して居住しない」「勉強して文字を覚えない」「陸上の人と通婚しない」。この禁は、その後千年あまりも解かれることはなかったのだという。「船上人」とも呼ばれている彼らは減少し続け、現在は8万人ほど。木材やサトウキビで作った「棚家」や「茅寮」と呼ばれる舟で生活している。そんな彼らにとって、水上暮らしとは忌むべき生き方なのだろうか。それとも今となっては、気ままな人生のかたちのひとつでしかないのだろうか。

貧しく追いやられた者だけが、水上に住むというわけではない。たとえば、東南アジアのイスラム教国・ブルネイでは、その首都に「カンポン・アイール」という世界最大の水上集落がある。小さな42の村の集まりであり、建物はすべて水上に出た支柱の上に建っている。人口は約39,000人で、首都・バンダルスリブガワンの人口の4分の1を占める。住居だけでなく、学校や警察、商店はおろか、ガソリンスタンド、モスク、病院など、4,200軒以上の建物が水上に建ち並ぶ。猫や鶏を飼育している家もある。電気や水道、インターネットなどのインフラ整備も進んでいて、当たり前のようにテレビやクーラーも使っている。蛋民のような非差別集落ではなく、そこで暮らす人には国家公務員が多い。この集落にも、1300年以上という長い歴史があるのだという。水の上で生活している人々の様子は、今ではそのまま観光スポットになっている。

変わった暮らしは興味深い。実際に足を運び、そんなふうに生きている人々に逢いに行きたくなるのだろう。南米の湖上に住むウル族も、そうやって自分たちの生き方を観光資源にしてきた。彼らの住むチチカカ湖は、ペルー南部とボリビア西部にまたがる、標高3,800mにある淡水湖だ。ウル族は約450年前からこの湖上に住み着いた。初期には2,000人ほどが生活していたが、現在では約700人にまで減った。彼らが住むのは、「トトラ」という葦でつくった家であり、この家が立っている島も、同じくトトラでつくられた人工の浮島だ。家のトトラは年に4回ほど取り換え、古くなったものは肥料として使う。そうやって手入れされた家は、なんと30年も使われるのだという。一見伝統的な暮らしのようであるがすでにヨーロッパからの影響を受けており、太陽光パネルを取り入れていて、テレビも普通に見られる。

日本でもそんな水上暮らしは可能なのだろうか。実は国内でも、近代以前から水上暮らしをしていた民がいた。彼ら漂流漁民は「家船(えぶね)」と総称される。発祥は西九州や瀬戸内海などで、本拠地を中心として、周辺海域を移動しながら一年を送る。時折港に停泊し物々交換をしている姿は、戦後まで確認されたという。しかし、納税の義務化や徴兵制度、義務教育の徹底などの規制により、昭和40年頃には陸上での定住を余儀なくされた。住む土地によって人々を管理する現在の日本の制度と、船上の暮らしはいまひとつ馴染まないのだろう。

古来、文明は大河のそばで栄えた。水の恵は生活の恵だ。生活用水としてはもちろん、様々な物資を運ぶのにも役立つ。絶え間なく続くせせらぎは、安眠を導くのにも一役かうだろう。人生のすべてを流れる水の上に託すことはできなくても、生活の一部をそうやって水の上に浮かべてみたい。水上での暮らしは、自分と地とを強固に結びつけるものを、ゆらゆらと解いてくれるかもしれない。


Via:
都会の時間を離れ、川の上で静かに暮らす。「Modern Houseboat」(未来住まい方会議 YADOKARI)
http://yadokari.net/minimal-life/29736/

水上生活に必要なのはボートのカギ!!水上のスモールハウス「Floating Tiny House」(未来住まい方会議 YADOKARI)
http://yadokari.net/minimal-life/27463/

船上生活者が急増中、住居費高騰で 英ロンドン(AFPBB News)
http://www.afpbb.com/articles/-/3054342

アンデス山中のチチカカ湖に存在するウル族によって干草で作られた人工の浮き島がスゴイ!!(コモンポスト)
http://commonpost.info/?p=60330