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YADOKARI

未来住まい方会議

アートディレクターのさわだいっせいとプランナーのウエスギセイタを中心とする「住」の視点から新たな豊かさを定義し発信する集団。ミニマルライフ、多拠点居住、スモールハウスを通じ、暮らし方の選択肢を提案。主な活動は、『未来住まい方会議』運営、スモールハウスのプロデュース、空き家・空き地の再利用支援ほか。
250万円のスモールハウス『INSPIRATION』販売開始。http://yadokari.net/

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未来住まい方会議

第12回「北欧に学ぶ豊かな暮らし」

2016.5.20

フィンランドが舞台の映画『かもめ食堂』で、ふらりと訪れたマサコはつぶやく。

「この国の人は、どうしてこんなに、ゆったりのんびりしているように見えるんでしょうか」
「モリ」
「え?」
「森ガアリマス」

答えたのは常連のフィンランド人の青年、豚身昼斗念(トンミヒルトネン)だ。

日本にだって森はあるじゃない。映画を見てそんなふうに思っていた。でも北欧の森は、もっと多くの人にひらかれているようだ。

北欧には「自然享受権」という考え方がある。誰もが自然の恩恵を受ける権利。たとえその森が誰かの私有地であっても、所有者の損害にならない範囲なら、花や果実、キノコなどを自由に摘んでいい。森の中を通り抜けることも許されているし、一晩だけだったらテントを張って泊まることもできる。アウトドアスポーツを楽しんでもいい。もちろん、自然を壊さないことと、所有者を煩わせないことが条件だ。デンマークでは「自然保護法」という法律にもなっているこの権利は、権利であるのと同時に、すべての人々が環境保護に責任を持つという義務でもある。きついルールじゃなく、自然や他人を思いやるモラル。互いを信頼する約束事。自然を身近に感じて、みんなでそれを分かち合うのが、ゆったりのんびりの秘訣なのかもしれない。

そして、北欧の人たちはしっかり休む。仕事ができる人とは、決められた時間の中で効率よく働く人のこと。長時間労働はしないし、「残業」という概念は無い。仕事仲間と飲みに行く代わりに、スウェーデンでは「フィーカ(Fika)」というお茶の時間を持つ。職場でも家庭でもフィーカは欠かせないものだ。一日に何度もお茶の時間を持ち、のんびりとくつろぎならおしゃべりを楽しむ。

日本でも2016年には労働基準法が改正され、有給が10日以上ある労働者には、年に最低でも5日は有給を消化させるのが会社の義務になるという。北欧はもっとすごい。例えばデンマークでは、5月から9月の間に15日以上の休暇を取ることが法律で保障されている。土日を合わせたらまるまる3週間の夏休みだ。そんなに長い期間、たくさんの人がいっせいに休んでも大丈夫なのかと心配になるが、「夏の間はお店はやってない」「夏の間は取引先も完全にお休みだから仕事にならない」というのがあたりまえで、それでいいらしい。

長い夏休みを、デンマークの人々は例えば「コロニヘーヴ」で過ごす。コロニヘーヴとは、「集合体(コロニー)」と「庭(ヘーヴ)」からなる言葉で、小屋のついた庭の集まりを指す。普段は都会で生活をしているから、庭を持てない人のための庭。いわゆる別荘と違うのは、主役が家ではなくて庭であること。そこに建つ小屋は最低限生活できる程度の質素なものであることが多い。同じような役割をもつ庭を、ドイツでは「クラインガルテン」と呼び、ロシアでは「ダーチャ」と呼んでいる。

私立のもの、公立のもの、両方あるけれど、どちらも利用者が庭を所有することはできない。公園と同じように、みんなが利用する市民の場だ。コロニヘーヴについての法律もあって、小屋に住んでいいのは5月から10月の間と決められている。1つの区画は400平方メートルくらい。だいたい20~30区画が集まってコロニヘーヴとなる。使用料も定められていて、年間に2万円から3万円程度。もともとは貧しくて農地を所有できない人のために、市が土地を貸していたのが始まりだった。やがて都市部にマンションが建つようになり、庭付きの家に住むのが難しくなってきた人々が、郊外で庭のある暮らしを楽しむために使われるようになった。日照時間の少ないデンマークでは、人々が屋外で憩う場所はとても貴重。法律にも「コロニヘーヴのある土地は更地にしてはいけない」と記されるほど。

そんなコロニヘーヴを日本にも広めようと活動している人がいる。デンマーク出身のイェンス・イェンセンさんだ。イェンセンさんは2010年に日本コロニヘーヴ協会を立ち上げ、小田原市江之浦で「エノコロ」というコロニヘーヴを運営している。東京から電車で約1時間のこの場所は、街の喧騒から離れ、頭をからっぽにするのにちょうどいい場所に違いない。

自然の中に身を置くこと。たっぷりと休むこと。そして、みんなで分け合うこと。どうやらそれが、北欧の豊かさのようだ。日本で生きていると、全部をそのまま真似することは難しいかもしれないけれど、小さなところから初めてみよう。

来週は有給を取って、のんびりと電車にゆられてみようか。


Via:
第6回:~自然の中のシンプルライフ~ キノコやベリー、森の恵みを探して| 北欧スウェーデン、夫の祖国の素敵な暮らし
http://yadokari.net/sweden-life/29152/

第3回:スウェーデンのお茶の時間と素敵な陶器~Gustavsberg, Stig Lindberg~| 北欧スウェーデン、夫の祖国の素敵な暮らし
http://yadokari.net/sweden-life/16153/

【対談】自由で幸せな国。北欧の豊かな暮らしを日常に。イェンス・イェンセンさん×YADOKARI|100 PEOPLE 未来をつくるひと。(VOL.004)
http://yadokari.net/100-people/31012/