FILT

 自分でいうのもナンだけどさ、俺、結構モテんだよ。でも若いころはまったく色恋には意識がいかなかった。高校生のころは彼女もいたよ? でも、俳優の専門学校・三船芸術学院に通い始めてからは、この世界できっちりやりたいからって別れたの。いま考えたらかわいそうなことしたと思うけど、そのヘン頑固なんだよな、俺。極端っていうか、まっすぐになっちゃうから。畳屋の倅に生まれてさ、家業を継がないで好きな道に進み始めたからには、なんとしてでも学んだことをものにしたい。遊び半分でやってるやつもいたけど、そんな気持ちじゃ通用しないだろうと思ってたから。それに、自分で高い月謝も払わなきゃいけない。お金を稼ぐ大変さも知って、徹夜でアルバイトをしながら学校に通ってたわけで、言い寄ってくる女性はいても、全然眼中になかった。相手が誰だとかそういう問題じゃないわけよ。頭の中には、恋愛の「れ」の字もなかった。

 剣友会に入って、やがては役者の道を歩み始めてからも基本的には変わらなかった。そりゃあ、まぁ、女性とお付き合いをすることもあったよ? 俺を通り過ぎて行った女性もいたし、俺が通り過ぎたこともあった。そのときは真剣に向き合ってたつもりでも、でもどっかで若いころから続く「仕事が一番で恋愛は二の次」っていう軸はブレなかったんだよね。ブレられなかった。20年以上、役者で食っていけなかったわけで、甘い世界じゃないってことは、重々身に染みて知ってる。だからこそ女性に傾く余裕がなかったんだと思う。
 それにさ、俺、身勝手なのよ。一人でいる時間がすんごい好き。自分のペースを守って生きていきたいわけ。そんなやつが女と長続きするわけないよな。要は自分が大好きなんだもん。役者やってるやつなんて、十人十色ではあるけどさ、みんな自分のことは大好きだと思うよ? そういうやつだからこそこの世界でやっていけるんだから。そんなわけで俺は一生独身だろうと思ってた。まぁ、それもいいかなと思ってたんだよ。

 ところが……一人の女性との出会いがそんな俺を180度変えたんだ。なんつうか……一目惚れ。そんなこと初めての経験だよ。今まで出会った女性と何が違ったか? もうさ、理屈じゃねえんだよ。言葉じゃ説明できないよ、この感覚は。彼女の瞳はキラキラ輝いてたね。笑顔がまぶしかった。こんな美しい人がこの世にいるのかと思って、俺、見とれてパ~って気持ちが舞い上がってさ……。でも向こうは俺のこともそんなに知らない。「寺島進だ~」なんて感じじゃ全然なくて、すごく堅くて真面目な人だった。そこからは押しの一手。何度も食事に誘って、ようやくデートにこぎつけたんだ。

 初デートは東武浅草駅の改札で待ち合わせた。彼女には、改札に一番近い「一番前の車両に乗りなよ」って伝えてたんだけど、でも俺、改札で待ってるのも嫌になって、入場券を買ってホームで待ってたの。せっかちなのもあるけど、その方がデートの時間が長引くから。改札まで50歩とすると50歩分デートが長引くわけじゃん。素直にそう思ってやったことだけど、それが功を奏した。彼女は電車の中で俺を見つけたんだって。改札にいるはずの俺がホームにいる。え、なんで? と思ってるうちに、扉が俺の目の前でピタっと止まって、ガラス越しに見つめ合って……そのとき、キュンと来たらしい。そう言ってたよ(照れ笑い)。

 彼女とは食の好みも合った。お墓参りにマメに行く、ご先祖様を大事にするところもピンときた。空が青くて気持ちいいな~と思うような感覚も合った。知れば知るほど好きになったよ。そんな思いが通じてデートを重ねるうちに半同棲をする仲になったんだ。それからは公の場にも一緒に連れて行くようになった。友達の店で「俺の彼女」って紹介したのは初めてのことだった。彼女に出会って、自分以外の人のペースに合わせることも知ったわけ。で、深く知るなかで、彼女は早くに他界したお父さんに代わって家族のために頑張ってる苦労人ってことも知って、『俺がこの人を守りたい』って、そんな思いが強くなったんだ。

寺島進

寺島 進 てらじますすむ 東京都出身。俳優・松田優作が監督した「ア・ホーマンス」でデビュー後、北野武作品で活躍の場を広げる。映画のフィールドからテレビドラマの世界でもその顔は知られるように。

 結婚なんて無理だと思ってたやつが、自然と意識するようになっていって……。彼女と出会う前、俺はちょうど悩みの中にいた。ありがたいことに役者でメシが食えるようになったけど、でも何のために働いてるのか分からなくなって、心が迷子になってた。そんな時期に彼女に出会って一目惚れをしたのも、ご縁という他ないと思う。彼女の存在が俺の悩みを解消しつつあった。
 そんなある朝、彼女が「今日、病院に行ってくるね」って言ったの。だから何となくの予感はあったんだけど……その夜、俺は、俺たちが“授かった”ことを知った。付き合って二年目のことだった。
 俺の人生は、また大きく動き始めたんだ。

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