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『幼な子われらに生まれ』で監督賞を受賞した報知映画賞の授賞式でのこと。三島監督はフォトセッションで隣り合った北野武監督と談笑していた。
「いやいや、談笑なんておこがましいです。あのときは『あなたはけっこう(現場で)何回も撮るほう?』『フィルムで撮ったの?』と話しかけてくださって、私が『できるだけ1テイクを目指しています』と言ったら『オレもそうなんだよね、漫才師だからさ、ライブ感覚なんだよね。それにやっぱりフィルムがいいよね』とおっしゃっていました。『キッズ・リターン』をはじめ作品を何度も観てきた監督ですから、光栄でした」
 北野作品をはじめ、監督は多くのものから影響を受けている。映画、芝居、本……その始まりを探ってみよう。
「小学生のとき、学校帰りにほぼ毎日、片道40分以上かけて電車に乗って宝塚を見に行っていました。二階や三階席が確か800円だったから、お年玉で見ることができたんです」

 誰かのファンだったというわけではない。上の席からはステージが見渡せる。それはオルゴールのバレリーナがくるくるとまわる宝石箱を開けたときのように、完璧な一つの世界を創り出していた。
「日常と違う世界観がおもしろくて。でも毎日通いすぎて、一回、貧血で倒れて大騒ぎになったこともあります。宝塚音楽学校の保健室で寝かせてもらったんです。私にしてみれば中に入れてラッキーだなって(笑)。でも、いま謝ります。あのときご迷惑おかけしてほんとごめんなさい!」
 吸収したものを下敷きに、近所の子どもたちとのごっこ遊びも盛んにやった。
「『ベルサイユのばら』もやりましたけど、『風と共に去りぬ』ごっことか『サザエさん』ごっことか。『サザエさん』ごっこは友達に全員の役を振って。ご飯を食べているところに、タイコさんが入ってきます、なんてやっていた。いま思うと、これ、演出の一部ですね」
 ごっこ遊びといえども細部にこだわり、リアリティを追求。仮面ライダーの衣装でバイクにまたがる当時の写真がそのこだわりを証明している。衣装は幼稚園のスモックを改造したものだった。












 十代後半は、劇映画と共に新聞のコラムやノンフィクションにはまった。中でも、コラムニストのボブ・グリーンに傾倒。
「“やさしさで打ち負かす”という言葉があって、それに感銘を受けたんです。アメリカのシカゴ・トリビューンという新聞に掲載されていたので、シカゴに旅行する人に出来るだけたくさん買ってきて、ってお願いしてました(笑)」
 その後、毎日新聞のコラムニストF記者を師匠と仰ぎ、文章の指導を受けた。日常の中に小さな非日常が存在し、視点一つでそのひとつひとつが特別なものとなることを教えてもらったという。

 その視点は監督の作品全てに繋がっている。
「とにかく、お金がないときでも映画と本と舞台を観たりすることにケチるのは止めよう、きっとなんとかなる、と思っていました(笑)」
 これまで、数々の作品に触れてきた。「映画も舞台も本も、作る人と受け取る人のコミュニケーション」だと常に三島監督は口にする。そのコミュニケーションによって多くのものを吸収してきた。そして、監督自身が映画の作り手として、違う環境で育った人、違う考え方の人に自分の作品を伝えるため、より良い選択をしたいと考えている。
「自分の思いが100人中何人に伝わっているのか、よく考えます。もちろん100人全員に伝わる方法なんてないんですけれど、ひとつひとつの表現が一体どれくらいの方にどう伝わるのか、いつも向き合っている気がします」
 そのため、公開された映画の感想も積極的に見る。それは多分に勇気のいることでもある。
「作品に対するプラスもマイナスもすべて受け止める覚悟でいつも作っています」
 すべてを受け止める覚悟。それはときに、耐えられないほどの苦しみも生む。









 2017年の春、三島監督は世間に猛烈に叩かれた。発端は週刊誌の記事だ。ドラマ撮影中に子役を長時間拘束し、4、50テイクも撮り直しをさせ、号泣させたという内容だった。記事はネットニュースになり、SNSで拡散。本人への取材も事実関係の確認もないまま出された記事だった。ドラマを制作したテレビ局は、4月にプレスリリースで「深夜3時を過ぎて監督が子役俳優のシーンを4、50回撮り直した事実、及び撮り直しにより子役俳優が号泣したという事実はなかったことを確認した」と公表。ネット上の週刊誌記事は削除された。

 去年の春、渦中の三島監督と対面したとき、監督はこんな話をしてくれた。
「子役はできるだけ1テイクで撮ります。そのほうが自然な芝居を引き出せるから。『幼な子~』もほとんど1テイクで撮影しました。だから浅野(忠信)さんと子どもたちの化学反応がおもしろいんです」
 我々も監督の現場を見学にいったことがあるが、週刊誌の報道とは大きなギャップを感じた。“その場のキャストの自然な反応を大切にする”という監督の撮影スタイルから考えても、子役を号泣させてまで撮影して良いことなど何もないだろう。しかし、拡散されたSNSや、記事から派生したネットニュースは消えないままだ。

三島有紀子

三島有紀子 みしまゆきこ 大阪市出身  18 歳から自主映画を監督・脚本。大学卒業後 NHK 入局。数々のドキュメンタリーを手掛けたのち、映画を作りたいと独立。最近の代表作に『繕い裁つ人』『少女』、『幼な子われらに生まれ』など。秋には、最新作の『ビブリア古書堂の事件手帖 -memory of antique books』が公開予定。

 この出来事は半ば自覚的にセンセーショナルな見出しや内容に飛びつき、糾弾する誰かを探すような、現代社会の不気味さを映している。『幼な子~』への高い評価は、信念で「無言」を守り続ける監督への最高の賛辞でもあると思う。その『幼な子~』のBlu-ray&DVD化に際して、監督はこんなコメントを寄せた。
「この映画の中の人々は、家族にひたむきに向き合えば向き合うほど、人間にまじめに向き合えば向き合うほど、正解を見つけられず傷だらけになっていきます。自分も、人と真正面から向き合って、傷だらけになることがよくあります。そんな、傷だらけの子どもたち、傷だらけの大人たち、全ての方に観てもらいたいです」

『幼な子われらに生まれ』のBlu-ray(5,200円+税)&DVD(4,200円+税)がポニーキャニオンから発売中。特典映像としてキャストのインタビュー集や舞台挨拶映像などを収録予定。加えて、封入特典としてブックレットも付属する。
(C)2016「幼な子われらに生まれ」製作委員会

撮影/伊東隆輔 取材・文/中村千晶 スタイリング/谷崎 彩
衣装協力/黄緑色のワンピース、ブルーの靴 ZUCCa(A-net Inc.) 03-5624-2626 イヤリング セシル・エ・ジャンヌ 0120-995-229
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