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「どうして監督になったかと改めて聞かれると、単純に監督になれば自分が撮りたい作品が作れるからというのが理由です。でも監督ほどコミュニケーションが必要で…。大勢の前で説明をしたり、人前で動いて見せたりという場面があるんですが、実は私自身はコミュニケーション下手なんです。同じ作品を作るという目的があるから話せるけれど“この映画を作りたい“という渇望の気持ちがなければきっとこんなに大勢の人の前で話せないと思います」
 監督という仕事は多数の人が多種の仕事をしながら、それでも全員が同じ方向をむいて同じ思いで作品を作るように導いていく立場だ。自らが率先して作品の思いを伝えていく立場ということを考えれば前に出ることをいとわない人なのだろうと思われがちだ。でも、確かに普段話をする三島監督は大きな声も出さず、自ら面白い話題を振るような人ではない。ただ、そこで花咲く会話に耳を傾けて、それをゆっくり咀嚼して一番的確な言葉で返してくれる印象の人だ。

「普段が割と引きこもりがちなので、お酒の力を借りるわけではないけれど、おいしいお酒を楽しみながら、人と通じ合うのが好き。それにお酒を飲んでいると、不思議と口から音符が出てくるようにすらすらと言葉が出てくるんですよね(笑)。特に映画の撮影に入ると、その土地や文化の中で作られたオリジナリティ溢れるお酒や食を楽しみながら、スタッフと語り合う時間は大切です。お酒や食ってその土地の影響を大きく受けますよね。土地の影響を受けるという意味では私も撮影をする際に選ぶ場所の持つ空気のようなものは大切にしています」
 作品を作り上げる際に、大切なことの一つに作品の舞台となるロケーションを選ぶということがある。三島監督はロケハンをしながら、その候補地となった土地に降り立った際に、あることをしているという。
「撮影をする場所に最初に立った時に、まずは目を開いてそこを観察します。その後、目をつむってみるんです。そうすると街の音や風、そこに漂う匂いも感じることができます。視覚を遮ることで、五感がさらに冴えて、街の持つたたずまいを直に感じるようにしています」










 これまで北海道や神戸など様々な場所で映画を作り上げてきた監督だが、どの土地でもその町が持つオリジナリティを大切にしてきたと話す。
「オリジナリティがあればあるほどその街は魅力的ですよね。NHKでドラマの脚本と監督をした時に大津で撮影をしたのですが、その街では水路が家の前を通っていて、小さな橋が家の前にわたっているんです。そしてその水路の水は琵琶湖に流れていくような仕組みになっていました。そういった土地の特徴や文化が見えてくる場所は心惹かれます。そしてそんな場所に実際に立ち、見えてくる風景を描き出したいと考えています」

 例えば前作の『繕い裁つ人』や、その前に撮影された『ぶどうのなみだ』などを見ると、街が持つその独特の雰囲気が漂うのはもちろんだが、それ以上に匂い立つような五感に訴えてくる何かがあるのはなぜなのだろう。そのことをたずねてみると、納得の答えを教えてくれた。
「その街でしか生まれないものは大切にしたいと思いますが、でもだからと言ってそれをそのまま映し出すのではなく、“三島有紀子”というフィルターを通して何か見えてくるのか、それを作品に投影しています。自分という装置を通して街に出かけてみたら出てくる反応というか…街に降り立った瞬間に、その街とセッションをしているような、肌で感じるものを写しています。そうやって肉体を通って出てきた情景を映像にしているからかもしれません。でも、実際に北海道であんな服でワインを作っている人なんていないんですけどね(笑)」
 今回のこの連載の撮影は夕暮れ時の鳥取の繁華街で行われた。そろそろ飲屋街の灯りがともりだす頃、準備に向かう店の人たちが慌ただしく細い路地を行き交う。そんな中で三島監督を撮影していたのだが、「せっかく繁華街で撮る













のだし、何か小道具として一升ビンがあればいいよね」とカメラマンからの提案が突如浮かんだ。とはいえすぐに見つかるものでもなく、街をうろうろしていたところ、バーテンダーの格好をして自転車に乗る男性を見かけ「もしお店に余っている一升ビンがあったら貸してください!」と不躾に話しかけてみた。お店を開ける前の忙しい時間にもかかわらず、バーテンダーの彼は“自分のお店にはないけれど、聞いてみる“と近所の店を当たってくれて、一升ビンを用意して颯爽と撮影現場まで来てくれた。三島監督やカメラマンを始め、全員が感謝を告げ、

「お礼代わりに後ほどお店に伺わせてください!」と伝えると「そんなのいいよ。大したことじゃないから」と自分のお店の名前を告げることもなく颯爽と去っていった。
 監督は撮影中、こういった街の人との出会いにも助けられていると話す。
「映画作りって、あのバーテンダーさんのような人に支えられている部分もあります。撮影をしていると“あそこの窓際に植木鉢が欲しい“とか急に思うことが多々あるんです。すると演出部や小道具のスタッフが街に生活する人に尋ね用意をしてくれるのですが、皆さん快く協力してくださります。もちろんたまには“何時まで撮影してるんだ!”とお叱りを受けることもあるんですが…。でも本当に撮影は街に影響を受けて、その街

三島有紀子

三島有紀子 みしま・ゆきこ 大阪市出身 18歳から自主映画を監督・脚本。大学卒業後NHK入局。数々のドキュメンタリーを手掛けたのち、映画監督になる夢を忘れられず独立。近作は『繕い裁つ人』『オヤジファイト』などがある。

と住む人々に作ってもらっている部分も大きいなと感じます」
 撮影終了後、スタッフ一同、鳥取の料理とお酒を楽しみに出かけた。一人ではお酒を飲まないという監督も鳥取の夜を楽しみ、数件をはしごしたところで最後にバーに入った。そこで出迎えてくれたのが、一升ビンを用意して、お店の名前も告げずに去っていったあの彼だった。嬉しい再会にみんなで乾杯をした時、監督はひと言「以前、台本にも書いたのですが“乾杯の数だけ幸せがある“っていう言葉が好きなんです。嬉しい時にも辛い時にも、乾杯で1日を締めくくれるっていいですよね。だから私は何度でも乾杯するんです(笑)」と話した。愛を持って物を作る監督の周りに愛ある人が自然と集まる、そんな小さな奇跡を見ることができた夜だった。

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