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 今、また吉本ばななをみんなが求めている。
 4月に公開された「白河夜船」に続き「海のふた」(2003年から2004年まで新聞に連載)が映画化された。時代は今、吉本ばななを求めているのではないだろうか?
「うーん、子どもの頃から読んでいた世代が、大人になって現場で決定権を握ったせいではないでしょうか?」
 そんな風にあっさりとクールに返す彼女であるが、本人の思いはさておき、衝撃のデビュー作「キッチン」から日本文学の新潮流の作家として、1980年代から現在まで第一線で書き続け、読まれ続けてきた。多くのファンを持つフロントランナーだからこその現象であると思う。
 静かな故郷の海辺の町に帰ってきた主人公・まり。
かつてはもっと賑わい輝いていた、でも今は閑散とした故郷でかき氷屋を始める。自分の手で店の壁をペンキで塗り、糖蜜、みかん水と自分が本当にいいと思ったメニューだけを揃えて。
 「海のふた」とは変わったタイトルだが、これは原マスミの曲のタイトルからとったもの。歌は、まりのかき氷屋を手伝うことになる“はじめちゃん”が心に秘めた思いを代弁している。
子どもの頃に火事でやけどを負った彼女を助けてくれた祖母の死。愛する人が死んでしまった世界で、なぜ自分は生き続けているのだろう? そしてなぜ世界は変わらずにあるのだろう? 吉本ばななの小説のヒロインたちが何度も繰り返す問い、失われたものへの愛と哀しみ、そして傷を負ってなお生きていく決意が夏の海辺を背景に描かれていく。
「土肥という町はごく普通の何でもない町です。
だからこそ映像になって残ってくれることがうれしい」
 何でもない風景。でも、それゆえに尊い。
日本の“よくある海辺の町”と同じように美しく、かけがえがない。
 撮影された土肥は、吉本ばななにとって毎年家族で夏を過ごすために訪れている第二の故郷。そして父、吉本隆明が溺れて九死に一生を得た場所でもある。浜に呆然と佇み、帰らないかもしれない人を待った、そんな経験から町や海への見方が変わることはなかったのだろうか?
「海が悪いわけじゃない。自然に文句は言えませんよね。お父さんが入院している間も、私たちは海で普通に泳いでいました。 町ではその後“あの店が潰れたのは、あの人が溺れる前だった?溺れた後だった?”と、父の事件が町の年代の基準みたいになっているのを耳にして恥ずかしかった(笑)。
つまり、そのぐらい事件がないのどかな町なんです」
「映画は監督のもの。小説とは別物、でもこういう風に読んでもらって良かった。私の小説の中のきれいな部分を抽出してくれて」
 小説とも違う楽しみの一つに配役があるが、ヒロインの父親役で、ミュージシャンであるムーンライダーズの鈴木慶一が出演している。知人でもある彼の出演は「うっすら聞いていたけど映画を見てびっくりした」と笑う。慶一氏の風貌がちょっと吉本隆明さんに似ていませんか?
「そうですか?慶一は慶一にしか見えない(笑)。それにあんな白くない。お父さん九州の人だから、海辺では本当に黒くなっていました」
 ところで、「海のふた」のように、彼女も最後に泳ぐ日には海にありがとうと言っているのだろうか?
「実際声に出してまで言いませんが、今日でもう最後、という日はしみじみしますね。ああ、今年も終わりなんだと」
 永遠のような一瞬のような夏が今年もやってくる。

「海のふた」 舞台美術の仕事をしていたまり(菊池亜希子)は故郷の西伊豆に戻り、かき氷屋を営む。一からお店を作るまりのもとに、顔にやけどの傷が残り、一緒に暮らしていたおばあさんを亡くしたばかりのはじめちゃん(三根梓)が訪れて…。「海のふた」は7月18日(土)公開。
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吉本ばなな 1964年生まれ。東京都出身。「キッチン」で海燕新人文学賞受賞。その後も、「TUGUMI」「アムリタ」「まぼろしハワイ」「もしもし下北沢」など多数の愛にあふれた作品を生み出す。最新作は「サーカスナイト」とエッセイの「小さな幸せ46こ」。著書は海外30カ国以上で翻訳されている。

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