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「わたしね、料理を撮るのが上手ってよく言われるんです(笑)」と、いたずらっぽく笑う三島監督。決して食事がメインのシーンでなくとも、画面に映る料理は「おいしそうであるということに意味がある」と話す。
 現在も公開中の映画『縫い裁つ人』では、主人公の市江(中谷美紀)が喫茶店でチーズケーキを食べるシーンがある。カットされていない小さめのホールケーキ(2,3人前だろうか。)が机に置かれると、市江はフォークを使い、そのふんわりとしたチーズケーキを少し大きめに取り、ひと口で頬張るのだ。そのチーズケーキのおいしそうなこと。
フォークを入れた瞬間にケーキから「シュワッ」と音がして、その柔らかさと、さわやかな香りまで、画面から漂うようである。頬張った後の市江の「ほうっ」というため息まで、とにかくおいしそうなのだ。作品を観た後はもちろん様々な思いが胸に残るのだが、“とにかくチーズケーキを食べて落ち着こう“と街をうろうろしてしまうほど、三島監督の映す料理のおいしさはパワーを持っているのだ。

 実は前述したチーズケーキ。三島監督は“ひとりで食べるのには少し大きい、ホールケーキ”を作ってほしい、と特別に依頼したらしい。そのためにありとあらゆるお店のチーズケーキの写真を集め、「見た目も、素材も、その直径や高さまでミリ単位で指定をしました」というこだわりだ。
「ホールケーキをひとりで食べたいっていう欲望はありますよね。それを今回は実現したくて、無理を言って作っていただきました。そういえば『ぶどうのなみだ』や『しあわせのパン』で出演してくださった大泉洋さんからも“監督の作品は料理撮影待ちが長い”というようなことを言われました(笑)。でも実際はそんなことはなくて、お芝居の方が長くかかります。というのも、食べ物を美味しそうに撮るときに一番大切なのは食べ物そのものより、実は美味しそうに食べる人の顔を撮ることなんです」
 そしてもう一つ“音”を大切にしているという。
「すくう音、注ぐ音、かじる音、ぐつぐつ煮たりジュっと焼いたりする調理の音、様々な音がまた美味しさを演出してくれるんです」
 その並々ならぬ食への愛溢れる眼差し、どうやら監督の母親の影響が少なからずともあるらしい。

「私の母はとても料理上手な人でした。学校から帰ってきて、疲れていたり、悩みを抱えていたりした時も、母の手料理を口にすると安心したのを覚えています」
 料理を大切に撮ること。そして、大切に摂ること。三島監督の食への愛情は、母が食事を出す際にいつも口にしていたある言葉が、受け継がれているからなのかもしれない。
「母は“温かいうちに、おたべ”って言って、いつもご飯を出してくれてたんです。確かにどんなに悲しいことがあっても、温かいものを口にすると不思議と気持ちが落ち着いたりしますよね。母のこの言葉はきっと料理のすべてを物語っているような気がします。」

“温かいうちに、おたべ”
たったひと言かもしれないけれど、その言葉にはたくさんの思いが込められている。「今日もおつかれさま」「出来立てを食べさせてあげたい」「頑張ってくれてありがとう」…。特別ではない料理から透けて見えてくるのは、そんな気持ちで、きっと監督はその気持ちを掬い取ろうと、“おいしそうに料理を撮ろう”としているのだと思う。
 監督が、料理が印象的な映画としてタイトルを言った「バベットの晩餐会」もまさにそんな作品だろう。

 甲斐バンドの歌を元に作品が作られた「オヤジファイト」。
この作品では主人公演じるマキタスポーツが、見放された妻との復縁を願って自らをアマチュアボクシングの世界に投じ、ボロボロになっても、それでも生きていく様を描いている。
 そして、やはりこの映画でも料理は印象に残る。
 別れた妻の作ってくれたたこ焼きや卯の花が食べたいと考えながら、ひたすらオヤジがボクシングの練習に打ち込むのだ。
「愛を取り戻したい」と願う際に「食」が思い浮かぶのは、とても俗っぽくて、でもすごく分かる感情な気がする。一緒にテーブルに並び、想いを込めた作ってくれたご飯を食べる。それは毎日のことだから忘れがちだけれど、やっぱり最高のプレゼントなのだから。

「天才的な料理人がその身を隠してある村を訪れ、そこで暮らす人々に料理をふるまい、最後には美味しいものを食べて頑なだった心がほどけていく姿が描かれています。また、人が“生きるためだけではない食を作る”料理人という仕事の業や本質的なものも描かれていて大好きな作品です」
 「美味しい」という味覚を視覚で表現するのは、やはり料理に対してのリスペクトがなければ難しいのかもしれない。インスタグラムや様々なSNSで自分の作った料理やお店の料理を載せる人は多いけれど、「美味しそうだな」とは思っても、食べた瞬間、気持ちが踊ったような、そんな感覚までは伝わってこないのだ。きっとそれは湯気やしずる感だけではなくて、監督が大切にしているような食に込めた思いが見えてこないからなのかもしれない。

三島有紀子

三島有紀子 みしま・ゆきこ 大阪府出身。18歳から自主映画を監督・脚本。大学卒業後NHK入局。数々のドキュメンタリーを手掛けたのち、映画監督になる夢を忘れられず独立。近作は『繕い裁つ人』『オヤジファイト』などがある。

 そんな大切なことを忘れないように、というメッセージを三島監督が込めているかはわからない。でも、三島作品に映る料理を見ると、お腹が減るのは確かだ。そして誰かを思いながら、誰かを誘ってご飯を食べたくなるのだ。
 ところで、ここまで食に対する深い愛情を見せる監督が人生の最後に食べたい物はなんなのかと尋ねると「カブとお揚げのお味噌汁。これも母がよく作ってくれたのですが、この具の組み合わせが一番大好きなんです。これまでいろんなものを食べさせていただいたけれど、やっぱり最後は暖かいお味噌汁を飲んでホッとしたいと思うだろうな」
 そんな話を聞いていたら、急にまたお腹が空いてきた。家へ帰ろう。

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